水害などの災害を気候の急激な変化による「非日常」のものだと捉え、天気予報などのデジタル情報に頼らず自分の身体をもって「日常」的に気候の微細な変化を感じとることができれば、非日常の兆しにも気づくことができ、ひいては防災への意識にも繋がっていくのではないか。そんな仮説とともに、浦安にかつてあったコミュニケーション空間である「ミチニワ」から着想を経て、《微気候観測所》を制作した樫村研究室。

明海の丘公園で展示された《微気候観測所》。吹き流しの動きで風が見えたり、大きな屋根に落ちる雨音で雨の強さを感じられたりと、五感で気候を感じられる作品。座る場所によって空の見え方も変わる。

そんな樫村研究室チームの特徴は、樫村さんが表に立つのではなく、学生たちを中心にしてプロジェクトが進められていくことだ。学生たちにとっては社会と具体的な接点を持ちながら実物を作る初めての経験でもあり、そこでどんなことを考え、どんな言葉でコミュニケーションをとったのかは、建築に関わる仕事をしていく上で大きな財産になるはず。そんな想いが、樫村さんにはあった。

樫村「もちろん未熟な部分もあるんですけど、制作に関する学びのみならず、プロジェクトの中で生まれた問いに対してどう応えるかを考えるときに、若い彼らと一緒にやることには大きな意味があると思っています。彼らは理論で積み立てていくだけではなく、例えば『吹き流しがバタバタなびいてると強風で危ないよね』といった小さいスケールから、地球全体の気候変動といった大きなスケールまで横断して考えていました。社会や人と触れ合い『浦安の人たちに伝わるだろうか』と考えながら実物を作ることで、ちゃんとリアリティを持てたのかもしれません。そうした学びが、チームとしていろんな方向に膨らんで行った手応えがありました」

その影にはプロジェクトアシスタントである蓮溪さんの存在が大きいと樫村さんは言う。樫村研1期生として過ごした大学院生時代から外の人たちと積極的に関わってきた蓮溪さんは、その経験を生かして学生のチャレンジを見守りながら、時には一緒に手を動かしてプロジェクトを推進した。

蓮溪「《微気候観測所》は、空間としてはまだまだ改良の余地があると思うんですけど、『防災の意識をどう日常に落とし込むか』をワークショップを通して市民の方々と会話しながら、実際の形にどうやって落とし込んでいくかを学生たちと一緒に考えられたのがおもしろかったですね。《微気候観測所》が完成した後のワークショップでも、実際に参加者と一緒に気候を観測しに行くことができて、手応えがありました」

天気をみながら公園で心地よい場所を探してヤネを張るワークショップ「ヤネを探そう」や、気象予報士の斉田季実治さんを迎えて浦安の天気を観測したワークショップ「ヤネと空のあいだ」など、浦安市民たちと一緒に体を動かしながら考えていった。

異なる土地を横断して得た視点

災害が起きる原因のひとつである気候変動は、大きな目で見ると生物多様性の崩壊にも結びつく。地球全体の課題である気候変動について、浦安だけではなく異なる土地にも立って考えるため、23年夏にはアフリカ大陸のウガンダに赴いて気候観測所を建てた樫村研究室。ウガンダで1週間過ごした研究室のメンバーは、浦安とは違う土地の気候や文化、そして人や生き物たちに触れながらどんな経験を得たのだろう。

蓮溪「ウガンダには浦安の『水害』のような大きな災害に対する問題意識はありませんでしたが、ウガンダの人たちは日常的に天気を観測しているんだなと、会話の中で感じました。ウガンダの気候観測所にも吹き流しをつけたんですけど、『風の動きは木を見ればわかる』と言われて(笑)。でもウガンダではそうかもしれないけど、別の土地で吹き流しをつけるとまた感じ方は変わります。同じようなプログラムをもった建築に対して、人がどういうふうな感覚で受け取るのかは、文化や生活によって全然違う実感がありました。それが異なる土地に跨いで活動するおもしろさでしたね」

ウガンダで建てた気候観測所の模型。垂直に伸びたハシゴが特徴的だ。ウガンダでは上と下の風の流れの違いを垂直方向に観測しようと、浦安では海側から陸に吹いてくる海風を水平方向に観測しようという目論見があったそうだ。

浦安とは異なる土地での体験を通して、より広い視野を得た一方で、ウガンダと浦安の違いに戸惑った部分もあったそうだ。

蓮溪「ウガンダでは5日間のワークショップの2日目から住民たちとのコミュニケーションが生まれて、子どもたちも手伝ってくれました。言葉が通じなくても一緒に屋根を張ったり穴を掘ったり触れ合うことで、みんなで完成を喜べる仲になっていました。反対に浦安では地域の人たちと、どう距離をつめていけばいいのか学生たちは難しかったようです。子どもたちも大人と一緒にいると『危ないから近寄っちゃ駄目だよ』となりますし、もちろんそれが正常な反応です」

樫村「外側から眺めてる人たちの関わり方は、やっぱり作ってみないとわからなかったですね。ウガンダで作ってるときのような住民たちの関わり方は、日本ではあまりないことです。浦安では『犬が興味を示してるんだ』と言いながら少しずつ近づいてきてくれる人がいたりと、興味を示してくれる人たち自体は大多数いたので、今後どう一緒に関わっていけるかを考えていきたいですね」

いつもの公園の風景に現れた《微気候観測所》

浦安市民の人たちが《微気候観測所》の制作に関わったのは、ワークショップ「ヤネを浮かそう」でのことだった。参加者たちと一緒に吹き流しを付けたり、屋根を張るのを見守ってもらいながら完成した。さっそく参加した子どもたちが観測所をアスレチックのようにして遊ぶ姿が見えた一方で、ある参加者からは安全性の指摘を受けた。その日、すぐに改善に動いた樫村研究室のメンバーは、安全性が改善されるまで、日が沈んだ後も調整作業を行っていた姿が印象的だった。

樫村「学生の場合は作品に対する反応が直に返ってくる場があまりないので、リアルな反応があること自体が嬉しかったんだと思います。『このコーヒー苦いよ』と言われたから『お砂糖を出さなくちゃ』みたいな、そういうコミュニケーションは実物を作る上では当たり前のことです。これからもっと大きな建築物を作る際に、その先にいる人たちを想像できる力にもなるので、いい経験だったと思います」

蓮溪「その場で市民の方から指摘を受けられたことは、ワークショップが正しい場として機能していた証だともと思います。指摘は避けるのではなく真正面から受けて改善すればいいことなので、学生たちは少し驚いたかもしれないですけど、いい機会でした。僕たちも信念があってやっていることなので、お互いが分かり合えるより良い状態に持っていくために、議論し続けることが美しい空間だと思います」

ワークショップ「ヤネを浮かそう」の様子。

完成した後も、まちなか展示期間中に少しずつアップデートされていった《微気候観測所》。日常的に通う公園に建てられた作品を、浦安市民はどう受け止めていたのだろう。

樫村「一見してわかりやすくない形がとてもよかったと思います。座っても良さそうな高さだけど座ってもいいのかという戸惑いがありつつも、できるだけ自由に使ってもらうことを展示期間中に少しずつできるようになっていったと感じました」

展示期間中は作品のそばには研究室メンバーがつき、作品と市民たちを繋ぐ役割を果たしていた。しかし本来、建築は説明がなくとも生活の中で機能しているもの。建築を「アート作品」として展示した場合にコンセプトをどこまで理解してもらうか、そのバランスが難しかったと蓮溪さんは言う。

蓮溪「アートの言葉の意味はすごく広いので、建築もアートだと言おうと思えば言えてしまいます。でも展示を観に来る人たちのアートの捉え方は、作り手が思っているほど広くありません。その作り手と市民のずれみたいなものはなんだろう?と、一緒に考えることも浦安藝大「?」のテーマではあるんですが……。今回は公園での展示で僕や学生たちもその場に一緒にいる形態がとれたので、アート作品と建築のバランスがうまく取れたのかもしれないなと感じました」

樫村「建築だけではなくて作り手側もそこにいることが、アートプロジェクトとしての建築作品のひとつの在り方なのかもしれません。理想は説明がなくても関わってもらえることですが、現場で起きたコミュニケーションによって、既存のベンチとの関係がほんの少し変わったのだとすれば、それはそれで成功だと思います」

まちなか展示期間中も雨の通り道がわかる仕掛けが施されたり、角を丸く加工したりと、アップデートされていった。屋根に張っていたターポリンも強力な海風で破れたため、より厚いターポリンに変えたんだとか。

無意識に享受しているサービスに隠れる問題

「水害と防災」をテーマに、1年目は非日常の災害に備えて日常的に気候を観測するきっかけをつくる《微気候観測所》を建てた樫村研究室。今後2年目、3年目と、このテーマをどう発展させていくのだろう。

樫村「もっと膨らませられると思っています。先日、来年度に使える木材がないかと、浦安のゴミ焼却施設であるクリーンセンターに行ってきました。施設内にはビンなどをリサイクルするためのガラス工房があって、ゴミを焼却するだけでなく、まだ使えるゴミをどう生き返らせるかを考えているおもしろい施設でした。モノを使って何かを作るチームである以上、材料の循環にも目を向けて膨らませていけると良いのかなと思います」

蓮溪「クリーンセンターでは基本的になんでも燃やせるらしいんですが、燃やせないゴミに関しては浦安には埋立場がないので他県に頼らざるを得ないようです。埋め立てで出来上がった街なのに、今の浦安市には埋め立てる場所がないところに、クリーンセンターの問題意識が垣間見えました。その辺りの問題も考えられたらおもしろいかもしれません」

「水害と防災」の課題も、ゴミ処理場の課題も、同じ問題が根底にはあるのかもしれない。快適な日常を実現するために機能性の高い市のサービスがある一方で、「なぜ浦安にはポンプ場が必要なのか?」「なぜ強力な焼却施設が必要なのか?」という、浦安市が抱える本来の問題が見えづらくなってしまっている側面もある。無意識に受け取っているサービスのもとに隠れている問題にまず気づくことが、課題解決のための第一歩なのかもしれない。

蓮溪「日比野学長が『問題を問題と捉えていたら問題は解決しない』と言われていて。問題と思ってることは実際は問題じゃなくて、問題じゃないと思ってることの中に本当の問題はあって、それを明らかにしていくところから話せたらいいんですよね」

樫村「いろんな課題や問いは実はたくさんあるかもしれませんが、だから不安になるのではなく、だからこそ今の快適さは成り立っているという安心感や幸せを感じるようになること自体が、プロジェクトの大きな目標なのかもしれません」

来年度はまた新たな学生たちが樫村研究室にやってくる。メンバーは替えながら研究室としての学びをプロジェクトに落とし込んでいく樫村芙実研究室+蓮溪芳仁チーム。「水害と防災」のテーマを広げながら、まだ見えざる浦安の問題も掬い上げていくのだろうか。新たな学生たちの視点も合わさることでどうプロジェクトが動いていくのか、期待が高まっていく。


text: Lee Senmi
edit: Tatsuhiko Watanabe