普段、天気を気にするといえば暑いのか寒いのか、雨が降るのかどうかくらいだ。そうした情報は、テレビやスマホが天気予報として教えてくれる。風がどこから吹いているのか、雲がどんな動きをしているのか、太陽がどこにいるのかを気にすることは、普段そうそうない。

しかし、災害は気候の変化によって生まれるものだ。デジタルの情報に頼らずに、自分の体で気候を観測することができれば、災害に備える力を養えるのかもしれない。

樫村研究室は、そんな日常的に気候を観測するきっかけとなるワークショップを3回にわたって開催した。

ヤネを探そう!

第一回目の「ヤネを探そう!」は、明海の丘公園の広い芝生、参加者たちが自分たちの居場所となるヤネを探すワークショップだ。

太陽はどの位置にいるだろう? 風はどこから吹いているのだろう? そんな空の様子を観察しながら、芝生は濡れているのか、ヤネからどんな景色をみたいのか、自分の五感を使って心地よいと感じる場所を探していく。まずは日の出公民館に集合し、ヤネの作り方のレクチャーを受けた。

ヤネは白い布一枚で作るシンプルなもの。白い布はじんわりと地面に影を落としてくれるし、パタパタと風になびく。自分の居場所となったヤネ自体が、気候を教えてくれるものにもなる。

どこにヤネを張ったのか、どんな形のヤネなのか、ワークシートに記録していく。

日の出公民館でのレクチャーのあとは、10分ほど歩いて明海の丘公園へ。

公園に到着すると、広い芝生広場のあちこちに木の棒が刺さっていた。これがヤネの柱になる。
ワークショップのはじめに市長から挨拶。「皆さんが住んでいる公園をどう楽しく作っていけるのか、楽しんでやってほしい!」と激励があった。

ここ明海の丘公園は、災害時の集合場所という役割も担っている公園だ。日常では市民の憩いの場である公園が、災害という非日常に直面した時にどういった働き方をするのか。それを知るために、まずは公園内にある防災備蓄倉庫を見学することに。

公園内の防災備蓄倉庫。

防災備蓄倉庫には地震や水害などの災害が起こった時に必要な食料や水、仮設トイレやマットなどが備蓄されている。普段利用する公園に防災備蓄倉庫があることを知っておくだけでも、災害時の行動は変わるはず。

案内してくれた危機管理課の担当者は、「今回のワークショップのお話をお友達にするときに、防災についてもお話してほしい」と呼びかけていた。

浦安市内66カ所に分散備蓄を行っているが、市民すべてを賄える量には及ばないため、浦安市では市民に対して日頃から3日〜1週間分の備蓄をお願いしている。
発電機の実演。グリップを引っ張ると、ぶぶぶと鳴らしながら起動。災害の時にはこれでスマホの充電なども行える。

そしていよいよワークショップスタート。まずは芝生を歩きまわりながら、木の棒を目印にヤネを張る場所を探す。

スタートとともに駆け出す子どもたち。木の棒は早い者勝ち!

「ここだ!」という場所を見つけたら、ヤネ作りを開始。

四角い布の角一点を木の棒の先端にひっかけ、残り三点に紐を結んで地面に引っ張るとヤネの形になる。陽になるべく当たらないようにこっち側にしようかな?あっちの景色が綺麗だから入り口はここに作ろうかな?と、相談しながらヤネを張っていく。

協力しながら布がピンとなるように張っていく。
4人家族のグループは、2枚の白い布を使って広いヤネを作っていた。
ヤネの完成!座ると3人はすっぽり収まる大きさ。
秘密基地ができたみたい!とウキウキの様子。

ヤネの下に座ってみると、外との隔たりが生まれて守られているような心地よさを感じる。頭の上に布が一枚あるだけで、不思議と自分だけの空間が生まれる。

そばにある木も利用して背の高いヤネに。木の棒に荷物をひっかけるのもナイスアイデア!
ちょうどいい影ができたから、ちょっとひと休み。
木の影を利用して居心地のいい空間を広げていた親子も。

ヤネに入って「草がちくちくして痛い!」という女の子に「草を踏み固めればいいよ」と教えていた蓮溪さん。足でバンバン草を踏めば、なだらかな地面のできあがり。他には、草を抜いて地面を平にしていた親子も。抜いた草をビニールシートの下に敷けば、ふわふわのクッションにもなる。たとえ何も持っていなくても、公園にあるものを工夫すれば心地よい居場所を作ることができる。

日に焼けたくないとか、風の気持ちよさを感じたいとか、小さな丘からの景色を楽しみたいからとか、その人のこだわりが個性としてヤネの形に現れていた。

ヤネができあがったらワークシートの記録へ。自分のヤネはどんな形になったのか?ヤネの中からどんな景色が見えるのか?というヤネのことから、影はどちらに落ちているのか?風はどこから吹いてるのか?というヤネの周りの状態まで、じっと五感を澄ませて観察してみる。

ヤネの形をじっくり観察
雲の様子はどうだろう?
景色はどんなだろう?

自分のヤネを満喫したら、他の人のヤネにお邪魔してみる。丘の上からの景色もいいな。風が気持ちいいな。と、自分のヤネとの違いを感じながら、また違った心地よさを感じる。

みんなのヤネを行ったり来たりしている間に、大きなヤネが出現。最後はこの下に集まって、ワークショップの振り返りを行った。

みんなのワークシートを地面に並べて、見比べてみる。

今回、明海の丘公園には15個のヤネができた。作る人によって形が違ったヤネから15通りの考え方が学べたという蓮溪さん。

ヤネを張ったことで、日常の公園の景色が変わった。小さな自分の居場所ができたことで、自分たちの街で暮らしている意識も生まれる。太陽や風の様子を観察して居場所を作ることは、体を外に向ける行為でもある。普段の日常から自分の周りの環境を観測することは、防災への意識にも繋がっていくだろう。

布と紐さえあれば、公園に落ちてる木の枝や、ペグの代わりに石を使うことで、雨と風と日差しを避けるヤネができること。公園の地形やそこにある木や草を使うことでより心地良い居場所を作れること。そして公園には災害時の備えがあること。

ヤネを作ることを通して、非日常に対する想像が働くきっかけとなった。

ヤネを浮かそう!

2回目のワークショップも明海の丘公園で開催された。小さなヤネを建てた芝生には、大きなヤネ「観測所」が建てられていた。

この「観測所」は風を感じたり、雨の水滴を眺めたり、集った人たちとコミュニケーションをとったりする場所として、樫村研究室が制作したものだ。

今回は「上棟式」という形で、参加者に見守ってもらいながら、時には手伝ってもらいながら「観測所」の最終仕上げを行っていくワークショップが行われた。

まずはふたつのヤネの角に、風を観測するための吹き流しをつけることに。「手伝ってくれる人!」という投げかけに手を挙げてくれたのは、浦安藝大のいろんなワークショップに参加していた男の子だった。

安全ヘルメットをしっかり装着してハシゴに登る。
吹き流しをうまく付けられたかな?
ヤネの色は赤なども候補に上がったが、景色を邪魔しないよう白にしたそう。

座面の高さは3種類あり、腰掛ける場所によって見える風景も変わってくる。目線の高さも違うから他に人がいても視線が合わず、ぼーっと佇む時間を楽しめる。

また、ヤネが景色を縁取る役目も果たし、普段見慣れた景色が姿を変える。公園の周りを取り囲むビルとビルの間から見える空も、この一瞬だけの景色だという当たり前のことに気づく。

明海の丘公園の近くに住んでいるという女性は、「いつも通ってる公園なのに景色がぜんぜん違って、なんだか新鮮」と語っていた。
高い座面にはハシゴで登って。

雨が降るとヤネには雨水が溜まり、ロープを伝って流れていく。雨の日にここで雨宿りをすれば、雨の音はいつもよりも強く聞こえてくるだろうし、ヤネを張るロープを伝う雨の動きも楽しめそうだ。

ふと見上げると吹き流しが風の姿を教えてくれる。
子どもたちの手にかかれば、観測所はあっという間に遊び場に。
いちばん低い座面は30cm。1回目のワークショップで参加者たちが低い位置にヤネを張ってくつろいでいる姿がヒントになった。
観測所の大きなふたつのヤネは、東西南北の方角に沿って建てられている。左右に伸びる三角形の頂角は南北を軸に、間の空間は東西の軸に沿っている。

参加者に見守られながら、無事「観測所」は完成した。最後に今回のワークショップの感想を参加者に伺った。

吹き流しを付けるのを手伝ってくれた少年は「アスレチックみたいで楽しかった!」。

参加者のひとりからは、安全面や耐久性についての指摘も。「まだまだ考えないといけないところが残っている」と、今後の展示期間中も観測所は手を加えられ、アップデートしていく予定だと蓮溪さん。

「だから展示中に何回でも来てほしい」と、締めくくられた。

朝、夕方、夜の時間帯や晴れの日、曇りの日、雨の日といった気候によって、観測所から見える景色は変わってくるだろう。誰にでも開かれている公園に、日常から気候を感じられる観測所ができることで、少しの変化にも気づける感覚が芽生えていきそうだ。

ヤネと空のあいだ

ヤネシリーズ最後のワークショップは、街中展示の最終日に開催された。今回は樫村研究室に加えて、普段から天気のことを伝え、防災の専門家としても活躍されている気象予報士の斉田季実治さんをゲストに迎えて、浦安の天気を観測するワークショップが行われた。

気象予報士の斉田季実治さん。NHK「ニュースウォッチ9」に出演。連続テレビ小説「おかえりモネ」では気象考証も担当している。

台風や大雨による水害は、気候の急激な変化によって起こる災害だと捉えると、気候の変化を日常で感じることができれば、防災や水害に対する意識に繋がっていくのでないか、と樫村さん。

まずは普段天気予報に頼っている気候を、自分たちの体で感じとってみるために、実際に外に出て天気を観測することに。4チームに分かれて吹き流しや温度計などの観測機器を手に、日の出公民館を軸とし「北西」「南西」「北東」「南東」の方角へと向かっていく。

向かう道すがらでも、風を捕まえようと奮闘していた。

指定された場所に到着したら、まずは自分の体の感覚で気候を観測してみる。気温はどれくらいだろう?風は吹いているだろうか?日差しは強いだろうか?などなど、肌身で感じる情報をもとに、体感温度と気候をワークシートに記入していく。

じっと佇みながら、自分の感覚を信じてワークシートに記入。

続いて、持ってきた観測機器で実際の温度や風速を測っていく。「体感温度とぴったりだった!」という人もいれば、「思ったより気温が低かった〜」と、体感温度との違いに驚く人もいた。

デジタル観測機器の高さや向きを変えながら温度や風速を何度か測り、平均値を記載していく。
雲も観察してスケッチ。この日は曇りで、空一面を雲が覆っていた。
こんな感じでワークシートに記入。

観測が終わったら日の出公民館に戻り、大きな地図に各場所の温度と風速を記入していく。

チームごとに観測した気候を記入すると、本当の浦安市の天気が現れる!?

この日は11月にもかかわらず、半袖の参加者もいるほどの暖かさで、浦安の天気予報では「最高気温24℃、くもり時々晴れ、所に昼前から雨と雷も伴う」と予測されていた。

参加者たちが観測した気候と、天気予報は果たして同じなのか。各チームが観測した数字と天気予報を照らし合わせながら、斉田さんが解説してくれた。

この日は曇りのため、ちょうど天気を観測したお昼あたりが最高気温だったそうだ。気温を見てみると、3チームが24℃〜25℃と天気予報と近い結果になっていた。南東チームだけ気温が「29.7℃/26.6℃」と高めになっていたが、体の近くで観測機器を測るなど体温の影響を受けているかもしれないとのこと。

風速風速を見ると、海側の北東チームの風速2.0m/sが一番強く、ビルなどの建物の影響を受けないからということが推測された。立地の環境によって、風の強さが変わってくることがわかる。

体感温度もチームからひとりずつ発表した。風が冷たく感じて長袖1枚がちょうどいいという人から、日差しを強く感じたので半袖でいいという人まで、観測した場所や人によって観測した気候が違っていた。

なぜ体感温度に違いが出てくるのかの解説から、天気予報の詳しい見方や雲の種類まで、話はどんどん広がっていく。普段わたしたちが得ている天気予報が、どのように予測されているのかなど、初めて知るお話ばかりだ。

最後は防災について。気象庁のWEBサイトには、防災情報も記載されていて、5日先まで大雨や土砂災害の危険性について知ることができるそうだ。こういった情報を活用するとともに、普段から自分の住んでいる地域について知っておくことが大切だと斉田さんは言う。

今回のワークショップでは天気を観測するために浦安の街を歩いたが、例えば「街にはどんな危険があるだろう?」と、防災の観点から街を歩いてみるのもひとつだ。海や川までの距離はどれくらいか、地面の起伏はどうなっているかなどなど。

水害などの自然災害は、人間の力ではどうしようもできずに起こってしまうもの。自分の住んでいる地域が水害に襲われたときに、どんな危険が及ぶのかを普段から意識を向けてみることが、防災への意識へと繋がっていく。

最後は特別に、次の日の浦安の天気予報を斉田さんが教えてくれた。

いつどれくらいの雨が降るのか、夜にかけての気温はどう変化していくのか、この日の皆さんの体感温度も踏まえながら細かく教えてくれた。

予報が当たっているかどうかは、次の日のお楽しみ。「明日の天気を実際に体感してみて、家族や友達と天気を話題にしていただければ嬉しいです」と最後に締めくくられた。

非日常の災害は、日常の変化の蓄積によってもたらされる。ヤネシリーズの3回のワークショップを経て、普段から自分の体で気候を観測すること、少しの変化に気付く感覚を養うことの大切さを考えるきっかけを得ることができた。


text:Lee Senmi
edit:tatsuhiko watanabe