▲「アウトオブプレイスシリーズ」より「レンガの創作物」。「旧宇田川家住宅」で10/20〜11/5「まちなか展示」で「海辺を散歩して」のなかで展示。開かれた風景画に、一つの建物を入れ込み、自然と人工の関係性や、アルゼンチンは平原が続いていること、浦安も埋立地であることで、共通性を見出しているそう。また、貝の粉は煉瓦になることにもつながりが。

日本人はロマンチックで牧歌的!?実際は……

ブエノスアイレス北部の郊外で生まれ育ち、アートを学ぶために大学に進学して以降は首都を中心に国内外で活動を展開するマックスさん。日本を訪れたのは今回が初めてだが、文学に造詣が深く、映画などを通じて築き上げた日本のイメージがあったそうだ。三島由紀夫や川端康成、村上春樹を読み、成瀬巳喜男や黒澤明、小津安二郎、北野武などの映画を数多く見てきた彼が、思い描いていた日本の姿を聞いた。

「文学や映画で知っていた日本人はロマンチックで牧歌的。だから俳句に通じる叙情的なふるまいやゆったりとした佇まいを想像していました。もしかすると、北海道のどこか外れにある村に招かれたのなら、それほど大きなギャップは感じなかったかもしれないですが、成田に降り立ってまっすぐ浦安に来て見聞きして感じているのは、全く違う世界です。圧倒的な情報量、緻密で多忙なスケジュール。雑談や深い会話を重ねることなく、時間をきっちり守って細かく作業や移動を積み重ねていくことに驚いています」

アルゼンチンと日本、食文化の違いや共通点

学生時代にシェアハウスで同居していた台湾人の友人から箸の使い方をおそわり、ブラジルのサンパウロの日系社会でも日本の食文化に触れ、たいていの食材は知っていたと言う彼は魚卵や納豆までも好む。浦安でスーパーマーケットを訪ねた際も食材は予想できていたが、驚きは他の箇所にもあったとか。

「文化を知る方法として良いので、新しい土地を訪れたら必ずスーパーマーケットに行く習慣があります。これまでも常に日本食に魅了されていましたし、食材も調味料も種類が豊富なことはよく知っていたのですが、シャンプーなど日用品に至るまでものすごい数なんですね。コンディショナーがよくわからず選べませんでした。そして、貝の種類だけでも名前がたくさんあるのは、想像していたよりもずっと奥が深いことでしたね。スペイン語で貝といえば”アルメハ”という呼び方しかなく、アサリもハマグリも特に区別しないのです。日本の魚介類の区別は、年月をかけて詳細に検討されて形成された名前で、風味や色にも関係し、名づけ方が非常に具体的なのにも驚きました」

浦安はまるでバランスの取れたお弁当箱

さまざまな飲食店や民家を訪れ、食文化を探る活動もしたが、浦安市の新興エリアで、家族で家庭料理中心の小さなお弁当屋を営む「白いエプロン」を訪ねたのも強く印象に残っているそう。一つの注文から配達してくれる宅配や出前のサービスにも感銘を受けたとか。

「栄養バランスに配慮したさまざまなおかずが丁寧に詰められたお弁当が印象的でした。初めてお弁当を見た時には、きちんと区画された浦安の地図みたいだと思ったのです。のちに、浦安もバランスの取れたお弁当箱みたいだと考えるようになりました。ビルもテーマパークもあってバランスが取れたお弁当のような魅力がありますね」

彼がこうワークショップで語ったところ「浦安はお弁当箱みたいと言われたのが温かいイメージを持たれていたようで嬉しかった」と述べた参加者もいた。

火を囲み、語らう文化と習慣

そんな彼が好むアルゼンチン料理は、国民食であり、アルゼンチン文化と密接な関係がある「アサード」だ。日本のバーベキューや焼肉のようなものだが、アルゼンチンは広大で険しく豊かな野に牛を放ち、畜産業に力を入れて発展してきた国。肥沃な土地で育った牛の上質な塊肉を切り分け、炭火で焼き上げるのを、皆で語らいながら、ワインやビールを飲んで待ち、時間をかけてゆっくり味わう。週末には家族が集い、アサードをする。友達や家族と1週間に起きた出来事を報告し合って分かち合う時間でもある。

「アサードのプリミティブなところが特に好きですね。肉や食材に細心の注意を払いつつ、できるだけ余計な手を加えないところも。肉であれ野菜であれ、適切なタイミングで調理するのが大事です。最近のアサードは、単に肉を焼くだけでなく、野菜や果物も一緒に串に刺して焼きます。しかし、火を起こしてそのまま焼くというのは太古からの習慣で、多くの人と共有するのが大切なのです」

マックスは「Fuego en la vereda(歩道での炎)」という活動もアルゼンチンで発表している。

「毎週金曜の午後に、その週の仕事納めとして現場でアサードをする習慣もあります。私は今、自分の家を作っていますが、建設従事者たちと家族や友人、アート関係者やその友人たちも一緒に歩道でアサードを楽しむこともあります。家の前で誰かがアサードをし、通りすがりの人が一緒に食べていくのもわりと普通のことなのです。浦安ではちょっと考えられないですけどね。なかなか近しい光景は目にしなかったけど、フィールドワーク中に訪れた『べーこんくらぶ』の活動は似ていました。火を囲み、いつ始まったのか終わったのかよくわからないところも」

彼は来日当初、日本の人々が他者とはあまり会話しない、雑談もしないように見えることに違和感を感じていたが、「べーこんくらぶ」の方々の活動は違ったという。「べーこんくらぶ」は2015年から浦安市高洲を拠点に手作りベーコンを通じたコミュニティ活動を行っている市民活動団体だ。ベーコンをじっくり燻す時間に、地域の高齢者や若者がビールを片手に語らう集いである。「高齢者は家に籠らず、お互いを知っておくのも大事なことなんです」と語る主催者は海外交流ワークショップにも参加してくれ、マックスさんがよくビールを飲んだと笑っていた。彼は「その場にいる皆さんが飲んでいるのと同じくらいの量を飲むのが礼儀だと教えられて育ってきたので」と言って皆をさらに笑わせた。

▲旧宇田川家住宅での展示ではマックスさんがマテ茶を沸かすのに使った炭、ドローイングに使った木炭も浦安の地図を描いたドローイングの上に置いて展示した。今回の活動でのキーワードでもあるモチーフだ。

炎を囲んで味わいながら語り、祈りながら炭で描く

10/14と10/22に浦安市の人々と行った海外交流プログラムのトーク&ワークショップ(詳細レポートはこちら)では、参加者が心に抱く自分だけの浦安の地図を描き、次に大きなテーブルクロスの上に炭でマックスさんが一つの浦安の地図を描いた。彩り豊かな食材を使って浦安の地図を表現したピザや巻き飯を作り、マックスさんが描いた木炭画の上で一緒に会話しながらそれをシェアして食べ、語らった。最後にはアルゼンチンの先住民族グアラニーと同じ旧式の方法、炭火でじっくり煮出したマテ茶を飲みながら会話をした。

「何千年も前、人間が火を使い始めた時代は、洞穴で暮らしていました。洞窟で調理し、燃料として使った炭の残りは壁に絵を描くための顔料にもなりました。木炭は、画材として物を表現すると同時に栄養を与えてくれるものなのです。当時の絵画には祈りの意味もあり、それがアートの原点。ただし、アートの定義は常に変化してきました。アートは常に属するコミュニティにその意味を定義されてきたもの。社会がその時々に意味を与えるのです」

異なる文化を持つ同士がアートを通じてつながれるか

人々は食やアートを通じてわかりあえる可能性があるのか。アートでどう地域にアプローチが可能で、国際的な交流によって、何が可能になると考えているのか。

「アートと食はどちらも優れた鍵になり得ます。今回は食というキーワードで浦安に来ました。ごく普通に浦安で暮らす方々の家を訪問し、一緒にテーブルを囲んできましたが、そこでもある種の理解が生まれたと感じています。ワークショップでも、テーブルを囲んで食べ物をわかちあい、参加者同士も盛んにおしゃべりを楽しんでいました。私たちをこのような相互理解に向かわせてくれるのはアートの力ですよね」

浦安にはもっと自由奔放に何かを創造できる可能性がある

南米大陸にあるアルゼンチンと浦安市は、段階的な都市形成と移住者が多い成り立ちに共通点がある。アルゼンチンは、イタリアやスペインを中心として日本からも沖縄からの移民が多い。マックスさんのルーツもスペイン・ガリシア地方やベルギーにもある。各国の移民が集まる都市で、伝統料理や郷土料理もそう多くないのだ。漁師町時代の名残であるアサリなどの海産物を名物とする一方で新しい食文化を探し求める浦安市の課題に、マックスさんはむしろ可能性を見出している。

「移民が集う都市と国は、重くのしかかる伝統に縛られず、自由奔放に発明できる利点があります。新しい発明に対してオープンになれるので、食に対しても、新しいメニューや思いつきをカタチにするチャンスはたくさんあるでしょうね。印象に残るのは『小味庵 萌寿』という、日本酒や地酒が美味しい店で食べた、餃子の皮でイワシを包んで焼いたミニピザ。斬新で美味しく、インパクトがありました」

▲10月2日に訪れた「小味庵 萌寿」で食べた餃子の皮でイワシを包んで焼いたミニピザの絵を描いて展示もしている。

この一品にヒントを得て、カラフルな食材を餃子の生地にのせて浦安の地図を模して焼くピザ、アサリご飯と多彩な食材で作る美しい海苔巻きなどのメニューや手法も公募市民の平田彩さんと共に考案してくれたマックスさん。多くの世代に受け入れられる新しい食習慣や文化、メニューが生まれる下地やチャンスはあちこちにあることを教えてくれたようだ。

▲「僕にとって浦安での宴はまだ始まったばかりだったけど残念ながらそろそろ終了。分かち合うための食卓に乾杯!」と音頭を取ったマックス。

浦安の文化をデキャンタージュする

アルゼンチンはワイン王国としても知られる国。デキャンタにワインを移す作業をデキャンタージュといい、味をまろやかにしたり香りをよくしたり、余計な澱を取り除く目的で行われる。マックスさんは、ブエノスアイレスと浦安、想像していた日本や食文化の違い、共通点を見出すために幾度となく、思考やイメージのデキャンタージュを行っていると語ってくれた。食や芸術の起源と浦安市の起源や伝統の歴史の中にあるハマグリやアサリとのつながり、そしてブエノスアイレスとのつながり。彼は何度もそのイメージを、彼の頭の中で、美味しいワインを作るようにゆらし、余分な情報や澱を取り除きつつ、研ぎ澄ませていった。後半のインタビューでは、アルゼンチンに戻り、そこでまたワークショップや地域交流を行ったうえで、さらに熟成された考えやイメージを味わえるのを楽しみにしたい。


text = Mie Shida

edit = Tatsuhiko watanabe