ファッションは赤ん坊からお年寄りまで、どんな人の生活とも結びつく身近な存在である。そんな視点から学びを深めていく今回のプロジェクトは「拡張するファッション演習」と名付けられた。「拡張するファッション」はもともと、本プロジェクトにキュレーターとして参加した編集者の林央子さんの著書のタイトルだ。消費的なファッションから離れて、さまざまなファッションを実践する人たちの活動を追い続けている林さん。彼女の西尾さんに対するある評価が「拡張するファッション演習」のカリキュラムの軸になった。

「央子さんは僕の作家活動で一番大事なポイントはファッションに『遊び』を持ち込んだことだと評価してくれていて。服で遊ぶことを考えたときに、その系譜にいるであろうBIOTOPEさんや居相大輝さんといった次世代をゲストとして招くことになりました」

BIOTOPEはまさに「ウェラブル・トイ(装うことができるおもちゃ)」をテーマに、ファッションとグラフィック領域を横断するユニットで、カラフルでユニークな独自の世界観を作り上げている。ファッションブランド「i a i / 居相」を主宰する居相大輝さんは「高齢者こそ美しい」と、自身が住む村の住民たちのための服を作っているデザイナーで、西尾さん曰く「高齢者と一緒に遊んでいる」とも言えるそう。それぞれタイプは違うがファッションを「遊ぶ」ことで、ファッションと人の関係を広げている人たちだ。

▲ワークショップ「あそびを装う」。BIOTOPEをゲストに迎え、認知予防にも活用されているアクティビティブランケットをもとに、カラフルな布やビーズをコラージュしながらオリジナルトートバックを制作。「楽しく日常を彩ることを体験してもらえた」と西尾。
▲レクチャー&試着撮影会「魂のもうひとつの皮膚」。ファッションブランド「i a i / 居相」の新作を試着し、65歳以上を対象に撮影会を行った。

また、フォーラムではファッションを通した活動と生活が地続きになっているセレクトショップのオーナーたちを招聘。

「主要都市から離れた場所で展開するセレクトショップは、オーナー自身の遊びと言えるかもしれないし、生活を社会に広げていく実践とも言える。そんな事例を知ることで、浦安でのセレクトショップの可能性も具体的にイメージすることができました。演習を通して僕自身も学ぶ機会がたくさんありました」

▲フォーラム「循環する社会へ」。「September Poetry」の矢野悦子さん、「itocaci」の北原一輝さん、「loose」の石井大彰さんをゲストに迎えた。それぞれの活動を通して、衣服とファッションをつくる人・売る人・着る人の循環を考える時間になった。

アートプロジェクトの醍醐味としての「出会い」

プロジェクトが始まった今年は、浦安の人たちとの出会いの1年だったと振り返る西尾さん。ワークショップはもちろん、新浦安の入船地区の理髪店・美容院を舞台にした展示「浦安するファッション」でも、たくさんの人と出会ったそう。

「展示の交渉のために、アートコーディネーターの米津いつかさんと事務局の人と一緒に、直接美容院のドアを叩いて巡りました。そこで浦安で働く人たちに触れることができたし、展示の交渉の間に美容院でパーマーを当てられてたおばちゃんと『自分の息子も障害を持ってるけど絵を描いてて、そういうことでもいいのかな?』という会話が生まれたりと、その時からすでに何かが動いていた。こういった人との出会いは、アートプロジェクトの醍醐味ですね」

▲「浦安するファッション」。西尾さんが浦安をリサーチした時に、入船地区に異様に理髪店・美容院が多いことに気づいた。髪を整えることは装いのひとつであり、高齢者たちの生活の中でも交流の場になっているであろう店舗を舞台に展示を開催した。

林さんの「拡張するファッション」の定義のひとつに、「空間を居心地よくするもの」というものがある。店舗に展示されるアイテムは服だけではなく、広く「思い出の服や身の回りを彩る品」を浦安住民から募ったところ、家族の古着をつぎはぎして自分の服にリメイクしている人がいたり、小麦粉の袋をジャケットにリメイクしている人がいたりと、自分なりにファッションを拡げている人たちの姿が見えてきた。

「浦安の作り手を調べてみると、浦安日傘さんやパッチワークの人など、その他にも浦安のいろんなファッションの作り手が見えてきました。今後プロジェクトに関わっていただくことも考えて、まずはご挨拶として『浦安するファッション』にアイテムを提供してもらえたらとアプローチしました。呼びかけたら心よく提供してくれて、そこでも出会いが生まれました」

▲アイテムはエピソードとともに展示。什器はL PACK.が制作。

さらに居相大輝さんの65歳以上を対象にした撮影会では、モデルになった参加者が実は自分で服を作っていたりと「浦安には、ファッションという観点でおもしろい人たちが、すでにたくさんいました」と西尾さん。

「服は元々、誰もが着ているものだけど、それを普段はみんな職業別や年齢別に自分の属性に合ったものを選んで自分を当てはめていっている。そこをずらしていくのが僕の作家としてのコンセプトでもあるので、その先に、いま孤立している人が遊びによって引きずり出されてくるというか、他の人と交わっていくような体験ができる人が、一人でも多く生まれてくるといいですね」

しかし埋立地として計画的に作られた土地が多い浦安には、街としての余白を見出しづらいのも事実。人々が交わるきっかけが埋もれてしまっているのではないかという課題意識を持っていた。そこでもやはり、「遊び」が重要なキーワードになると西尾さんは語る。

「街に遊びができてくると余白ができて、人と人が偶然出会うきっかけが生まれていく。自然と高齢者も交わることができて、いろんな人が一緒にいられるような空間を目指したいなというイメージが演習を通して沸きました」

「浦安するファッション」も理髪店・美容室にいわば作品を展示する「遊び」によって、普段からその場にいる人と外から来た人が交わるきっかけが生まれた。「遊び」は境界を勝手にはみだし、気づけば隣り合った人たちと交わえるような力を持っているのかもしれない。

さらに流行を作る側面を持っているファッションは人々からの関心も高く、「拡張するファッション演習」は浦安を広く伝えるための媒介にもなり得る。

「浦安を舞台に高齢者をテーマにしてファッションの実践をやってることが話題になると、外の人たちが浦安を知るきっかけになるし、若い人と高齢者が出会える場にもなる。ファッションはそんな越境可能性を秘めていると、演習を通して手応えを感じました」

あらゆる人たちとの連携で生まれた、新たな肩書き

「拡張するファッション演習」ではプロジェクトを形作るうえで西尾さんの新たな試みがあった。自身がアーティストとして前に立つのではなく、ディレクターの立場で人をアサインし「共同研究」のような形でプロジェクトを進めていくことだ。キュレーターとして編集者の林央子さん、リサーチャーとしてファッション研究者の安齋詩歩子さんを迎え、演習カリキュラムではファッションの領域で活動するゲストを招いた。そんなプロフェッショナルたちとの協業を通じて、プロジェクトの進め方としてはどんな手応えを得たのだろう。

「やっぱり央子さんと安齋さんと一緒に企画から考えていく作り方自体が、僕にとっては新しかったです。央子さんは学生の時からある種憧れの存在だったし、『浦安するファッション』でご一緒した米津いつかさんもお世話になっていた先輩格の人で、それぞれのプロとしての行政や市民と仕事をしていくときの知恵や工夫を本当にたくさんお持ちなので、助けられました。

安齋さんは居相さんの実践を見て、衣服によるケアの観点から感想を投げた時に、居相さんは本当に全く新しい気づきとして自分の活動と服を捉えられたそうです。現場で批評的活動も同時に起こる場が作れたのは安齋さんがいてくれたからですね。BIOTOPEや居相さんの若い世代はもちろん、セレクトショップのオーナーたちの活動にも刺激をもらいました。初めての土地でのプロジェクトで難しい側面はいろいろありましたが、人にすごく恵まれたおかげで僕自身もたくさんの学びがありました」

▲編集者の林央子さん。2011年に書籍「拡張するファッション」を出版し、2014年には同タイトルの展覧会が水戸芸術館で開催された。
▲ファッション研究者の安齋詩歩子さん。ケアの観点からファッションを研究している。

こうしてファッションを軸に活動している人たちと連携するうちに、アートの領域でファッションを問い続けてきた西尾さんに大きな変化が訪れた。

「これまではいろんな表現者がいる現代アートの中でファッションというテーマを担っていたけれど、同じファッションのくくりの中である種のキュレーションが行われることで、関心はすごく共通しているけど僕ではないやり方をしている人たちがたくさんいて、こんなにいろんな事ができるのかとすごく新鮮だったんですよね。一気に仲間を得たというか。そのことがきっかけで昨年末から『美術家』という肩書きに加えて『ファッションデザイナー』と名乗るように意識するようになりました。いわゆるパリコレ的なファッションから離れたファッションを実践している人たちがこれだけいるんだったら、自分もそこに位置づけて連帯したいなという思いからです」

影響を受けたのは肩書きだけではない。この1年間、西尾さんが教員と務める東京藝術大学でも学部と学科をまたいだ自主ゼミとして「拡張するファッション演習」を開催。浦安在住の写真家・大森克己さんや「途中でやめる」の山下陽光さんなどを迎えたゲストレクチャーを行った。浦安藝大とも連携するために、来年度に向けて東京藝大内でも新たな動きが起こった。

「浦安での演習は開催時期がバラバラで、学生たちが参加したくてもできなくてもったいなく思っていたので、来年度の10月から『拡張するファッション論』を央子さんとの連名で開講することにしました。学生も単位が取れるし、各科からファッションに興味のある学生が履修してくれるので、実践の場所として浦安と具体的に繋げていけるんじゃないかなと思っています」

まだまだ広がる「拡張するファッション演習」

「共同研究」を実践しながら、ファッションを通して浦安の人たちと繋がっていった西尾さん。2年目、3年目と続いていくこのプロジェクトは、今後はどんな広がりを見せるのだろう。

「ひとつは美容院で展示した『浦安するファッション』の発展系を考えています。浦安を歩いているときに、手押し車(シルバーカー)がいっぱい並んでいるお店を見つけて、確かに高齢者ならではアイテムだなと。かつ孤立のテーマから考えると、出かけることが前提になったアイテムなので、外出がより楽しくなるように手押し車を装飾するワークショップを、若手のアーティストを招いてやるのもいいんじゃないかと考えています。制作した手押し車を押しながら街中を歩くことで、参加者も高齢者も街をもう一度歩き直せるようなものに展開できるかもしれません」

さらに「拡張するファッション」の生みの親である林さんの活動も、演習に繋がっていく。

「林さんがインタビューを続けてきた人たちを浦安に招きたいねと話しています。例えばスーザン・チャンチオロが浦安で高齢者を対象に着物のリメイクワークショップをやると学び合いが生まれるかなとか。スーザンは着物の手縫いの技術を教わりたいだろうし、高齢者はスーザンならではのリメイクの方法を学ぶ機会になる。そういうふうに若手の人が僕と一緒に新しいプロジェクトをやっていくのと、世界が注目するゲストを呼ぶことを同時にやりたいなと話しているところです」

若手アーティスト、海外の人たち、東京藝大の学生たちと、いろんな人が浦安にやってくることで街が攪拌され、埋もれていた浦安の人と人が出会う新たなきっかけも浮かびあがるかもしれない。生活と結びついているファッションの可能性はどこまで拡張されていくのか、学び合いは続いていく。


text: Lee Senmi
edit: Tatsuhiko Watanabe