まずは人間関係という土台を築くこと

浦安藝大は浦安市が抱える課題をテーマにしたアートプロジェクトだ。ただし、即効性や目に見えてわかりやすい変化があるわけではなく、市民がアートに触れて得た気づきや新たな視点が生活の中にじわじわと染み込んでいくことで、浦安に対する向き合い方に変化の兆しが訪れるもの。しかし実際には行政のプロジェクトである以上、市役所職員には各プロジェクトの説明責任を問われる場面があり、広報をする上では市民にわかりやすく内容を伝えていく必要が生じる。明確な数値や言葉では言い表せない価値を携えたアートプロジェクトをどう言葉として伝えていくか。職員たちには、そんな葛藤が常につきまとっていた。

ミヤタ「説明責任のある行政と、言語化できないことも含めて表現しているアーティストが一緒にやっていくことは、そもそもすごくチャレンジングなことだと思いますが、皆さん、1年間やってみて、どのあたりが大変でしたか?」

関口「実務的なところだとスケジュールがタイトだったこともあり、各プロジェクトを進めている中で藝大側やアーティストとなかなか意思疎通が取れなかったこともありました。私たちは行政の事業という位置付けでプログラムを考えているので、ゴールありきの方程式が常に頭の中にあります。ですが、アーティストに目的やゴールを聞いても、そもそもの観点が違うので、どうコミュニケーションをとっていくべきか悩みました。」

ゴールを設定した上でやるべきことをクリアしていく逆算方式の行政の仕事と、身体感覚や感性を頼りに思考をあちこちに飛ばしながら、点と点を結ぶようにアウトプットの形を探る作品制作。ゴールに向かうロジックやリズムがお互いに異なるために、戸惑いが生まれるのは必然だ。

ミヤタ「アーティストの感性や手法の部分も、皆さん個人としてすごく理解してくれるんですよね。でも市民に伝えていくときには、アーティストに対してもう少し説明を求めないといけないもどかしさや葛藤はすごくあったと思います」

山田「いち個人としては、何をやるかわからないけどおもしろいんだろうなとわくわくするんですが、市民にはある程度わかりやすく伝えていく必要があります。それが今後の課題ですね」

さらにアートプロジェクトには予期せぬ変更やアクシデントもつきものだ。言葉だけでは理解し合えない部分を補うため、ある程度の不測の事態を受け入れるためには、まずは市役所側と藝大側の信頼関係を築くことだとプロジェクトマネージャーのミヤタさんは言う。

ミヤタ「市役所と藝大側の信頼関係を耕していれば、もしイレギュラーなことが起きても対応できると思うんですよ。そのためには、まず生涯学習課の皆さんがどういう人間なのか、どういう考えを持っているのかを一緒に話しながらこれからもやっていきたいです。現状、職員の皆さんだけにアートの勉強をしてもらっている状況が、私の中でちょっと違うのかなと思うところもあって。例えば藝大関係者やアーティストが行政の仕事を体験をするとか、もっと視点を交換し合えるほうがおもしろいなと思ってます」

山田「お互いのフィールドを体験することで『こんな思いで取り組んでるんだ』と分かり合うことはすごくおもしろいですよね」

顔を付き合わせて伝える大切さ

関係を築く重要性は、市民への広報にも繋がってくる。もともとアートに関心のある市民は、チラシやウェブサイトの募集だけでも興味を持ってくれるが、自分とアートは無縁だと思っている市民に、普段の生活と地続きにあるものとして浦安藝大を受け取ってもらうためには、ただ情報発信するだけでは届かない。

ミヤタ「プロジェクトに対して、浦安の人たちは一度外側から少し様子を伺ってみる人が多い印象もありました。直接話してみて『自分に対してアプローチされているイベント』だとわかると参加してくれるんですよね」

山田「私自身もよくわからないものに対して、自分から手を挙げることをためらってしまいます。例えば拡張するファッション演習プロジェクトの《浦安するファッション》の展示のために、市民に対して古着の募集をしたんですが、最初は全然集まらなかったんですよ。でも皆さん古着は持っていらっしゃるはずなので、Uセンターに赴いて一人一人にチラシを配ってお声がけすると、話を聞いてくれるんですよね。募集してただ待つよりも、ちゃんと相手のフィールドに入っていくのが大切だと感じました」

西尾美也+Lpac《浦安するファッション》。市民から古着などの思い出のある身の周りを彩るものたちを募集し、中町エリア入船地区の美容院・理容室に展示。

浦安藝大を知ってもらう第一歩として、まずは顔と顔を付き合わせながら市民と関係を築いていくこと。一見すると効率が悪いように見えるが、情報発信からもう一歩踏み込むことで、周りの人にも自然と広がっていく実感を得ていた。

ミヤタ「アートに限らず、すべての人に届けようとすると誰にも届かなくて、ラブレターのように『こういう人に届けたい』という気持ちが強いほど、実はいろんな人に届くと感じています。もちろん市民全体に周知するツールは必要なので、そこと併用しながら個人や団体にアプローチしていく。今年は石原さんが『風の子』のワークショップを学校にアプローチしてくれたことで、学校と連携するひとつのやり方が生まれたと思うんです。すると親御さんも興味を持ってくれたりと、派生していきましたよね」

石原「実際に学校で風の子のワークショップを体験したお子さんが『風の子を作って楽しかった』とお家で話したことがきっかけで、樫村研究室のワークショップ『ヤネと空のあいだ』に参加してくれた親子がいました。確実に広がりは出たという実感はありましたね」

市民が見た浦安の新たな風景

様々な葛藤とともに課題も見えてきた1年目だったが、浦安藝大のプロジェクトに参加した市民の反応からは、確かな手応えを得ていた。

石原「『風の子』のワークショップを学校で開催したとき、子どもたちがすごく喜んでいたそうです。ひとり、うまく風の子の足を切れずに投げ出しそうになった子がいたんですけど、アートコーディネーターの西川さんが『半端な状態の風の子で飾ってもいいの?』と、うまく誘導してくれて。隣の子にも助けられながら最後まで投げ出さずに完成させたのが、その子にとっても珍しいことだったようです。先生たちも、普段の授業だとなかなか成功体験をさせてあげれないけど、違う形で入ってきたワークショップだから実現できたとお話されていて、やってよかったと実感できた瞬間でした」

五十嵐靖晃《風の子》。埋め立てられる以前から浦安に吹き続ける風を可視化する「風の子」を子どもたちと一緒に作り、新町エリアの総合公園に展示。

石原「もうひとつ、バスツアーでまちなか展示を巡ったときに『風の子』の展示を見たおばあちゃんが『元町に住んでるから、はじめて新町まで来た』と話されていて。総合公園も初めてだったので『こんなに素敵な公園があったんだね』と、改めて街の魅力を発見していました。自分自身も、市民のみなさんと一緒に市内をバスで一周したことで、もう一度浦安市を捉えなおす機会をもらえたのがすごくよかったです」

まちなか展示を浦安市全体の地域に散りばめたことによって、アートが浦安の新しい一面と出会うきっかけになっていた。また、作品を通して浦安の埋立の歴史を詳しく知った市民も多かったそうだ。

ミヤタ「浦安公園に展示したKITAの作品もいろんな反応がありました。40代以下の若い世代は埋め立てのことは知ってるけど、浦安公園から先が埋め立てられたのは知らなかったり、自分が住んでるところが埋立地なのかも知らない人もいっぱいいて。みんなが当たり前に知っている情報だと思ってた部分に、意外と皆さん感動していました」

KITA《浦浦(Ura Ura)》。埋め立てられる以前は海と陸の境界である「浦」だった浦安公園に桟橋をたて、かつての浦安の風景を蘇えらせた作品。

関口「まちなか展示で初めて浦安藝大を知った人から『浦安藝大のことをもっと早く知っていれば、ワークショップにも参加できたのに』という声をもらうことがありました。接触できれば興味を持ってくれる人がいて、市民にも浸透する可能性があるプログラムなんだと改めて思いました」

山田「ワークショップ参加者のリピート率が高かったのも嬉しかったです。チラシを作った時はあまり浸透していないと感じていたんですが、お店に置かせてもらうために持っていくと浦安藝大をご存知だったり。2年目3年目とどんどん浸透していって、参加してくれる人が増えていくといいですね」

浦安にはいろんな人たちがいた

浦安藝大プロジェクトを通して、新たな浦安を発見したのは市民だけではない。ある意味最前線でプロジェクトに参加していた市役所職員とミヤタさんも、新たな浦安と出会っていた。

ミヤタ「私は皆さんと違って、浦安市は『はじめまして』の土地でした。浦安が抱える問題はいろいろ聞いてたんですけど、今年出会った人は市役所の職員含めて、ほとんどの人たちが浦安への思いが強かったのが印象的でした。出会う人たちと話してみると、浦安藝大の取り組みはもちろん、私達が浦安を知ろうとしてることにすごく好意を持ってくれて、話し込む機会が多かったです。浦安は都会のベッドタウンだから、もっとクールな人たちがいっぱいいる印象だったので、はじめの印象とのギャップを大きく感じた1年でした。熱い人たちがいっぱいいて、プロジェクトをやるにあたってもすごく救われたなと。大変だなって思う瞬間もあったけど、すごく楽しめました」

石原「浦安にはポテンシャルがまだまだあるんだなと改めて気づきました。『水害と防災』をテーマにした樫村研究室は体を使って浦安を観測していて、自分も以前は防災の部署にいましたが、そういった視点から防災を考えたことがなかったので新しい発見がありました。『高齢化と孤立』をテーマにしていた西尾先生の『拡張するファッション演習』では、はじめは高齢者とファッションが結びつかなかったんですが、じっくりお話を伺ってみると繋がりが見えて目から鱗が落ちました。これまでの役所人生で出会うことがなかった考えやアイデアに、いろんな気づきをたくさんいただいた1年でした」

樫村芙実研究室+蓮溪芳仁《微気候観測所》。身体感覚をもって気候の些細な変化を感じとることができる観測所を、新町の明海の丘公園に展示。

山田「浦安にはそもそも美術館がないんですよ。展示する施設もないのにアートプロジェクトをどうやっていけばいいのか最初は想像がつかなかったのですが、美術館に飾ってる作品だけがアートじゃないんだなと再認識しました。思った以上に屋外での展示も素敵で、総合公園に展示された『風の子』もたなびく姿が青空に映えていたり、夜は月あかりに照らされてすごく綺麗でした。西尾先生の『浦安するファッション』も、作品を個人の美容院や理髪店に違和感なく素敵に飾っていただいていて、さすがでしたね」

関口「僕はやっぱりアートプロジェクトを通していろんな人を見たのがすごい印象的でした。普段は市役所にくる市民以外と積極的に交流することがあまりないんです。だから、公園に行けば凧を上げてる人がいるんだなとか、アートプロジェクトを通して浦安には多様な人がいるんだなと思いました。当然埋立地なのでいろんな場所から人が集まっているんですが、いろんな人がいるということは、いろいろな考え方や生き方が集まっているということですから、浦安はポテンシャルを秘めている街だと感じました」

アートという新たな風が入ってきたことで、普段は市役所との関わりが少ない市民と交わることができた。改めて市民の顔が見えた1年でもあった。

ミヤタ「浦安藝大の目的を議論していた中で、例えば自宅前の側溝に落ち葉が溜まっていているのを市民が見たときに、市役所に解決を委ねて電話するだけじゃなくて、水が溜まったら大雨の時に危ないからと草を抜いたり掃いたりできるような市民の『自治の意識』を高めることが、防災上の観点でも重要だという話がありました。浦安藝大の創造性のアプローチで、そんな種がまけたらいいなという話がありましたが、街で人に出会ってみたら、すでにそれぞれの仕方で自ら草を抜いている人がいるんだって気づけたことも大きかったですね」

「自治の意識」をもった市民たち。浦安の主人公たる彼らの存在を改めて浮かび上がらせたことは、初年度の一つの成果だった。出会った人々と継続的に信頼関係を築きながらアートプロジェクト浦安藝大を広げていくために、市役所職員と藝大スタッフはこれからも対話を続けていく。