「埋立地にとっての神様とはなにか?」

この疑問が、五十嵐さんのプロジェクトの発端となった。埋立地である中町と新町をリサーチしている時に、元町にはあった神社を見つけられなかったのだ。

いやいや、中町と新町は元々海だったから水辺の神様はいたはず。でも埋め立てによって海はなくなった。じゃあ変わらず浦安の土地に在り続けるものってなんだろう?と、五十嵐さんが見つけたのが「風」だった。

神様が引っ越しをするとき、何もない場所に風が吹くと言われている。はるか遠い昔から土地に吹き、誰にとっても身近な存在である風は、埋立地にとっての神様と言えるのではないか?

風は土地の境界も、空と海の境界も関係なく吹いている。風のように元気よく駆けまわる子どもたちは、「風の子」とも言われる。そんな子どもたちと一緒に「風の子」に見立てた小さな吹き流しを作り、家で浦安の風を感じながら一緒に暮らしてみよう。ワークショップの概要は、そんな感じだ。

そして後の「約束の日」に、浦安を泳いだ風の子たちが海辺に集まることになった。

自分だけの風の子をつくろう!

ワークショップ「風の子をつくろう!」は、元町地域の当代島公民館から始まり中町の市民プラザ、新町の高州公民館と、市内から海の方へと移動しながら開催されてきた。最終日の午後の部の高州公民館には、大人と子ども合わせて13人が参加。

まずは参加者たちの自己紹介。子どもと大人関係なく、名前と出身小学校と好きな科目をみんなの前で発表する。子どもたちは日の出小学校、舞浜小学校、見明川小学校などから。保護者である大人たちは滋賀、徳島、高知、千葉、埼玉の小学校などなど、全国各地から浦安の地に移り住んできたこともわかった。

もちろん五十嵐さんも元気よく「五十嵐靖晃です!市川市立塩焼小学校出身で、好きな科目は図工と体育です!」と自己紹介。

▲自己紹介タイムで、一人一人にインタビューしてまわる五十嵐さん。好きな科目はやっぱり図工が多かった。

そしていざ、風の子づくりの開始。
まずは材料が揃っているかをみんなで確認し、五十嵐さんから作り方のレクチャーを受ける。

▲材料はパワーリップ、透明ホース、金具、両面テープ、20cmの糸3本、ひも1本。

風の子の素材はパワーリップという、テントやパラシュート、ヨットの帆にも使われる布で、紙と布の間のような不思議な質感。軽くてとても丈夫だから、強い風を受けてもへっちゃらな頼もしい布だ。

▲「パワーリップには裏表があるから間違えないように!」と五十嵐さん。サラサラした面とデコボコした面があって、デコボコした面がある方に両面テープを貼っていく。
▲デコボコしているか、指できちんと確認!
▲両面テープを貼り合わせて、まずはパワーリップを筒状に。お母さんたちも真剣そのもの。
▲風の子の形に近づいてきた! 子どもの腕がすっぽり入る大きさで、特別なアームカバーができたとご満悦な様子。
▲風の子の口になる方に透明ホースを巻き込んで、両面テープで閉じていく。綺麗にテープを貼れるよう慎重に、慎重に。

切って、貼って、印をつけて、穴をあけて、糸を通して。前のめりになりながら手を動かしていく参加者たち。

「これで合ってる?」「お母さんこれ手伝って!」と一人でやるには難しいところは助け合い、ハリで穴を開ける工程は大人が付き添いながらながら、どんどん風の子が作り上げていく。

▲風の子を吊るすためのひもを通すところは、均等に穴を開けるのが大切。ガイドを使って慎重に印をつけていく。
▲印を頼りに3箇所穴をあけていく。丈夫なパワーリップに穴をあけるため、グッと力を込めるのがコツ。
▲紐を通して金具をキュッと結んだら、だいたいできあがり!

最後の仕上げとして、風の子の尻尾を好きな形に切っていく。どんな泳ぎ方をするかを想像しながらハサミを入れる参加者たち。大胆にザクザクと切る子、細かく切る子、まっすぐ切る子もいればジグザグに切る子。それぞれの個性が光るところだ。

▲ある程度切ったら、扇風機の風で泳ぎ方をチェック! 想像通りの泳ぎ方になっているかな?

ヒラヒラとなびく風の子もいれば、くるくると回転する風の子もいて、切り込みの入り方によって風の子の泳ぎ方が変わるから不思議だ。どれひとつとして同じ動きをする風の子の泳ぐ姿を眺めていると、だんだん愛着が湧いてくる。

▲こちらの風の子はくるくると高速回転。
▲みんなの風の子が完成! ワークショップの終わりに記念撮影。

これから子どもたちは、それぞれの家で風の子と暮らす。

「風の子をベランダで吹かせたり、風の子を散歩させたり。風の子を外に連れて歩くことで、普段は感じられない風の通り道を感じたりすることもできる。家の中で突然風の子が吹くと、神様がいた証拠かもしれないね」と、五十嵐さん。

風の子と暮らすことになった子どもたちは、どんな物語と出会うのだろう。

約束の日に集った、浦安の風の子たち

そして約束の日。新町の総合公園の海辺に、浦安中から風の子が集まる。

▲総合公園の海辺の電灯を繋ぐように、風の子を付けるための糸を垂れ下げ準備万端!
▲ワークショップほか、各小学校や学童で子どもたちが作った風の子も大集合。

子ども自身が風となり、風の子を運んでくる。ひとり、またひとりと風の子を持って現れる子どもたち。「好きなところに付けてもいいよ!」と、五十嵐さんに言われ、自分の手で風の子を付けていく。

▲まっさきに駆けつけてくれた二人。この後ずっと、風の子を付けるお手伝いをしてくれた。
▲自転車に乗って風の子をなびかせながらやってきた親子。「まさにこんな光景が見たかった!」と五十嵐さんが大興奮。

ひとりひとりに「風の子と暮らしてみてどうでしたか?」と声をかける五十嵐さん。「ベランダに吊るしてると、風鈴みたいでした!」という子や、「扇風機に付けて遊んでました」という子。

和室に飾っていた子は「風の子が意外と部屋に馴染んでいるのがおもしろかった」そう。暮らしに溶け込んだ風の子は、浦安のあらゆる場所の風を掴まえていた。

ちょうどこの日は日曜日で、総合公園で遊んでいる人もたくさんいたため、飛び入り参加で風の子を作れるブースも用意。筒状までできあがった風の子に、ハサミで切り込みを入れて最後の仕上げを手伝ってもらう。

▲飛び入り参加してくれた中には、東京から遊びに来たという親子も。
▲だんだん集まってきた!
▲風の子には作った人の名前が書かれている。

どんどん集まる風の子をみて「風、こっちに吹いているんだ〜」と、指さす通りすがりの人がいたり。写真を撮る人がいたり。

▲まるで散歩中のペットのように連れてこられた風の子も。
▲日比野学長も風の子を付けるのをお手伝い。(帽子の人が日比野学長)
▲日が沈む頃には列をなす風の子たち。海辺の強い風を浴びて勢いよく泳いでいる。
▲集まった風の子の数は、なんと総勢660個。

浦安のあらゆる暮らしの風を掴まえた風の子が、横並びになってバタバタと泳いでいる。昔から変わらず浦安の地に吹き続ける風の姿を教えてくれる。

風の子を通してみる風は、まるで大きな生き物の息吹みたいだ。炎のゆらめきや水の波紋のように、時間を忘れてずっと眺めていられる。

▲海を背景に風の子群を眺めると、まるで波飛沫のよう。

風の子を作った浦安の子どもたちは、きっとまた総合公園の海辺に集まるだろう。地域の境界も関係なく駆けまわる子どもたちこそ「風の子」なのだが、では、その姿に五十嵐さんは「神様なるもの」を見ることができたのか?それはまた別の機会に、五十嵐さんに聞いてみよう。


text: Lee Senmi
edit: Tatsuhiko Watanabe