▲共生型コミュニティハウス「自由の風」で過ごす人々に、日本の茶道体験をしてもらった。

アルゼンチンでのワークショップを通しての気付き

アルゼンチンでは、ブエノスアイレス郊外にある「自由の風」という施設を訪ね、利用者たちと一緒に日本の食材を使ったおにぎりを食べたりアサードをしたりと一緒に料理を作り、テーブルをつくるなどアートワークをし、食事をともにした。この施設は主に貧困・家庭環境に起因し、薬物やアルコール依存が原因で社会に適応できなくなった人たちが、自然豊かな環境の中で自給自足をしながら共同生活をし、社会復帰を目指している施設だ。浦安で行ったワークショップとの違いや気付きも含めてマックスさんに伺った。

「浦安とアルゼンチンでのワークショップは、全体を振り返ってみるとかなり違いがありました。前提として、アルゼンチンでは、ワークショップを行ったのが『自由の風』という特別なコミュニティだった違いが大きいです。施設の人々が、全く違う文化を持つ日本の人たちと初めて出会うことに対して、開かれた態度で取り組んでくれ、新しいこともすぐに受け入れてくれたことには驚きました。

私の役割も浦安とアルゼンチンでは違い、ここでの役割は、日本から参加した人々と彼らとの間で、どうやってよりダイレクトに自然に関係が作れるかを考えることでした。

また、外でただ火を焚くというプリミティブな、人間の根源に関わる環境で料理するということから、何がどうやって生まれていくかの過程を見られたことが自分としては嬉しかったですね」

▲おにぎりの具に好きな食材を選んで自由に試してもらっている。わさびや柚子胡椒が特に人気があった そうだ。浦安の「ぼったら」も「自由の風」で紹介した。

「食」というテーマを介して対等な信頼関係が築けた

どうしてそのような作用が起きたのだろうか。ワークショップでの展開の仕方が良かったのか、何か信頼感があったからなのだろうか……。

「食というツールを使ったことが、効果的に働いたと思います。参加者にとっては、日本からの新しい未知の味がたくさんあったにも関わらず、全く抵抗なく試してくれました。その後さらに、いろいろな味のミックスなどをし始め、とても自然に行動してくれたのです。

ほとんどの人たちは生活が困難な環境に生まれてきています。豊かな幼年時代もなく、すぐに大人になって仕事をしないといけなかったとか、家族の生活を養わねばいけなかったとか。今、施設で心のケアを受けていて、そのケアによって、失われた何かを取り戻しているところです。人生には別の何かもっと新しい気持ちが生まれてきてもいい、という新しい可能性に出会い始めている状況で、徐々に好奇心を抱けるようになっていたのだと思います。

単に日本の文化を紹介する内容ではなく、食というテーマがあったおかげで、彼らと同じフィールドに立てました。参加者がプロのシェフや職人ではなかったこと、同じ仲間と思える人たちで一緒に食事を作ることは、平等性や水平性、つまり横と横の関係を良い形で維持できるのだと思いました。

このワークショップでは、横と横の関係がとても自然に作れたのではないかと思います。縦社会というのはどうしても誰かが上に立つ構造が自然にできてしまうけれども、彼らとは一緒に作る作業がとても平行な感じでした」

▲屋外で、一緒にペイントしたテーブルを囲み、一緒にマテ茶を飲みながら対話を重ねた。

日本とアルゼンチン:計画性と創造性の相違と発見

平田彩さんは初めてアルゼンチンを訪れたのだが、彼女に起きた変化や適応がマックスさんの興味を引いたと言う。それは日本とアルゼンチンのワークショップの組み立て方、捉え方全てに共通する違いに由来するものだ。

「日本のワークショップは、事前に何を使うか、何をどう変化させるか、変化を提案するところまで既に考えてないといけなかった。でもアルゼンチンの場合は、どれだけすぐ作りやすいか、すぐ理解できてすぐアクションを起こせるようなものは何か?と考えました。そのため、彼ら自身の中で起きる変化球をすごく自然に投げてくれました。自分たちから提案しなくても彼らから考えが生まれてきたんです。

それが彩さんに強い影響を与えて、彼女に変化を促したようですね。

社会的な側面から見ると、ルールを決められない、事前にきちんと規範を作りたくないのはアルゼンチンの弱点です。でも同時に日本は創造性に少し欠けるんじゃないかな、とは感じました。浦安でのワークショップは、フィールドワークやリサーチを活かせたのは良かったですけどね。日本は参加者の分もきちんと必要なものが準備されていて、ファシリティも完璧で、安心感のある状況でした」

関係性を繋ぐための言葉のキャッチボールを重ねる

前回のインタビューでは、日本は情報量が多いけど、人々との雑談や対話が少なく、アルゼンチンは天気の具合から含めて、道でもよく話をしてる会話が多い国という印象を語ってくれたマックス。アルゼンチンに戻って、交流を重ね、認識が変わったところはあるのだろうか。

「アルゼンチンでの対話は、多くの場合、関係性を繋ぐための言葉のキャッチボールをします。何か具体的に重要な情報交換をするわけではないのですが、言葉のやりとりが常に自然にあります。そのためか、コミュニケーションが開放されていると感じました。スペイン語では”氷を壊す”という表現がある(アイスブレイク)のですが、一度相手に対して心を許して信頼感が生まれたら、そこからどんどん話が広がっていくし、関係性が強くなっていくのです。

また、今回のワークショップでは、彼らがいる施設だからこそできた会話もあると思います。例えば、ホームレスの人たちだったら言葉を投げかけても閉鎖的になったり、保守・保身的になったりしたかもしれないけど、『自由の風』の彼らは、外に対して可能性をきちんと解放して、好奇心を持つようなところがありました。彼ら自身で決意して施設に来ていることもあり、外から来るものに対して心を許してくれていました。だからこそ感情的な彼らの辛い過去の告白だったり、自分たちの身近な問題だったりっていうものを、心底私達と共有してくれたのでしょうね。

日本、アルゼンチンの両方の活動を振り返ると、人間性の豊かさを学ぶ機会は両方にとってあったと思います。例えば、平田はSNSで浦安の写真を投稿し続けてくれているけど、それを見ていても彼女がリサーチやワークショップを通じてできた新しい友人関係を持ち、その人たちとの関係が続いていることがわかります。食の習慣を正しく知るリサーチを通じて新しいネットワークが生まれ、それは彩さんが作り、培ってきた作品のようなものだと思います。ワークショップ後もネットワークは生きていて、これからも続いていく。交流や関係が継続するのは素晴らしいことだと思います。私はアーティストなのでつい創造性を重視してしまいますが、彩さんが、日本に帰国後、食の面でアクティビストになっている変化が嬉しいし、きっとこれからもアクティブに活動をしていくんだろうと期待しています」

▲参加者の見守る中、平田がたてたお茶を飲むマックス。

新しいものを食べさせて、その反応を見るコミュニケーション

ワークショップでは、抹茶やマテ茶を説明する際に「こんな入れ方があるんだよ」と、プロセスやそれぞれのこだわり、色の深さなどを教え合うことが、コミュニケーションを繋いでくれた面がある。浦安にいたときに、マックスが同じように感じたことはあったのだろうか。

「浦安では、皆さん、私が今まで食べたことのないものを食べて試して欲しそうだったのが印象的でした。日本はいろいろと変わった食材が多いので、新しいものを何か食べさせて、その新しいものを食べてる人の様子を見るっていうコミュニケーションは楽しかったです。カニみそとか、馬の肉の刺身とか。インパクトがありましたね」

▲参加者全員でテーブルもつくり、囲んで食事したものを後日会場で展示した。自分の名前をカタカナで書 いて記す参加者も。皆、自分や家族の名前をどう日本語で書くのかに興味を抱いていたそう。

アートの視点から食や食の交流を考える

浦安でもブエノスアイレスでも、食とアート、コミュニティをキーワードに活動した。全体を通して、一緒に食べる、作る経験をアートと食の両面から行った。これらの繋がりをマックスはどのように捉えたのだろうか。

「アートの視点から食や食の交流を考えることは、個人的にも学びが多かったし、量より質的に深いものがありました。交流の中で私達は、アート畑から少し外に出た形でアートを扱ってきました。アートがアートであるべき根源みたいなものを少し忘れて、アートを外に出して食と融合させました。一方、食の方も『美食』という完全性の高い形は考えず、完璧な結果を出さなくても良いことにしました。日本も食が芸術として認められているし、そこには細かい相関する規則があり、完全性が求められていると思うのですが、そこからあえて外れたことで新しい面白いことができたと思います」

▲国際現代美術ビエンナーレ「BIENALSUR(ビエンナーレスール)」では、マックスさんは、浦安を皆で描 いた大きな地図や、世界地図を描いて、展示した。

浦安とブエノスアイレスで同じ風の匂いを感じていこう

今回のプロジェクトの目的の一つとして、浦安に、どのように未来の食文化を作っていくか、アルゼンチンの文化も取り入れながらヒントを探ってきたが、マックスが今後の可能性をどのように感じているのかも改めて伺った。

「様々なところから様々な人が集まっている環境は、これから新しい食文化や郷土料理を築いていく面で、すでにコンディションが整っているという意味でもあります。浦安にいたときに、日本全国のお酒を試しましたが、お酒でも郷土料理でも各土地のやり方があることを知りました。浦安は日本全国の地図のハブや発信地としても、独特の食文化の創造にも貢献できると思います。さらに今後の新しい何かの繋がりにいろんなものが重なって、一つのまた新しいアイデンティティが生まれることが可能だと思います」

なるほど、彼の頭の中でデキャンタージュすることで、浦安とアルゼンチンを繋ぐ美味しいワインができた、と表現できるだろうか。しかし、集まった情報を精査して濾過し、必要なものを残す必要があるけれど、それによって「完成された何か」ができあがったというふうには考えたくないようだった。

「これで何かがもう終わってしまうより、常に何かが始まっていて欲しいと感じています。経験や交流を通じて、今後の関係性をどのように継続していけるかが、私達の課題です。『自由の風』で日比野克彦学長が言った、素晴らしい比喩と表現を借りれば、ここに流れているのは新しい風ではなくて実は昔からあった風。地球上に吹いていた風はいつも同じ風ということ。今回の関わり全体を通して、同じ風の匂いを感じていく繋がりができたんじゃないかと思っています。私達が改めて感じたこの『風』をどう感じ続けていけるようにするのか、これからの私達の考え次第ですね」

ブエノスアイレスはスペイン語で「良い風」という意味だ。南米からの良い風を浦安で常に感じながら、一緒に未来の地図を描き続けていけると良いだろう。


text = Mie Shida

edit = Tatsuhiko watanabe