このプログラムは、アルゼンチンのアーティスト、マックス・ゴメス・カンレ氏(以下、マックス)と、食とアートを通じて交流し、浦安とアルゼンチンそれぞれの文化や視点から地域の魅力と課題を発見し、双方向に有益な相乗効果を生み出すことを目的としています。

私自身、祖母をなくしたことをきっかけに、遺品整理士の勉強をする中で、全国的に広がる社会からの孤立、無縁化、空き家問題について知ることとなりました。浦安に住んで10年となりますが、地域に属している感覚がなく、私もまた「孤立している」。このままでは心細いと感じていました。食を通じた交流は、このような問題に向き合う方法の1つになると感じ、このプログラムをきっかけに、地域の人と気軽に集まれる場が作れたらと考えていました。

プログラムの前半はマックスが浦安を訪れ、約3週間滞在し活動を行いました。後半は私がアルゼンチンのブエノスアイレスを訪れ、約2週間滞在し、食やコミュニティにまつわるリサーチや交流を経て、ワークショップを開催しました。

【前半:浦安】
10月3日〜22日 

  • リサーチ、フィールドワーク―旧宇田川家住宅、郷土博物館、スーパーマーケット、宅配弁当屋店、団地での暮らしを見学、地域コミュニティ『べーこんくらぶ』、豊受神社秋祭り、千鳥学校給食センター、茶道体験 ほか
  • ワークショップ(2回)

【後半:ブエノスアイレス】
11月21日〜12月2日

  • リサーチ、フィールドワーク―調理体験(アルファフォール、チョリパン、ピンチョス・アサード、ミラネッサ)、市内コミュニティ菜園、路上でのアサード、有機農家 ほか
  • ワークショップ(4回)
  • 展示のサポート

アルゼンチン・ブエノスアイレスでのワークショップ

浦安では市民から参加者を募って開催しましたが、ブエノスアイレスでは2つの施設を訪れ、そこでワークショップを開催しました。

障がい者支援施設 カミノス財団|開催日:2023年11月24日(金) 

カミノスは障がいのある人の方が通う施設です。この施設の大きな特徴は、アーティストたちが運営しているということ。代表のディエゴはミュージシャンです。

私たちが訪ねた時には、ちょうど音楽の時間があって、ギターに合わせてみんなで楽しそうに歌っていました。この施設は、以前日本人のアーティストが長く滞在しながらワークショップを行ったという縁があるのですが、施設利用者がそのことをよく覚えていて、懐かしみ嬉しそうにしていたことが印象的でした。きっととても楽しくて良い思い出になっているのだなと感じました。

みんなで簡単に作業ができて、おやつの時間に楽しめるものということで、一緒にどら焼きを作りたいと思いました。本格的などら焼きだと少し手間がかかってしまうので、ぼったらを使ったぼったらどら焼きを作ることにしました。

庭にテーブルをつなげて、みんなでテーブルを囲みます。計量はせず、粉と水を混ぜるだけ。ぼったらのユニバーサルな側面を改めて感じました。

できた生地は私たちが焼き上げて、みんなの元へ持っていきます。日本から持ってきたあんこ、ずんだあん、万が一口に合わなかった時のため、アルゼンチンの定番ドゥルセ・デ・レチェ(ミルクキャラメルソース、とても甘い)を用意しました。

焼きあがったぼったら、改め、どら焼きの皮を2枚ずつ取り、どのあんを挟みたいか選び、施設の人に乗せてもらいます。初めて見るあんこやずんだあんに興味深々の人、ドゥルセ・デ・レチェに即決する人、職員の人とやり取りをするその様子を見ているだけでも温かい気持ちになりました。最終的にはあんこもずんだあんも、きれいになくなりました。

スペイン語のできない私は、直接話しをすることはできませんが、イベントを通して賑やかな時間を一緒に過ごし、ぼったらどら焼き作りを楽しんでもらえて嬉しかったです。

▲ぼったらどら焼き作りの説明を聞いた上で、作ることに挑戦する施設利用者

共生型コミュニティハウス「Viento de Libertad(自由の風)」|開催日:2023年11月21日〜23日,30日

自由の風は、ブエノスアイレスの郊外にあるドラッグからの更生施設です。施設利用者は男性のみ。この施設で共同で生活しています。こちらでのワークショップは、BIENALSURのキュレーターであるクラリサとマックス、定期的にアートのワークショップを行っているパウリーナが、施設に合わせた構成を考え、全4日間かけて行いました。

1日目:テーマ:日本のお茶とトルタ・フリッタ

初日。タクシーで1時間ほど郊外へ向かいます。施設のすぐ近くの道路は舗装されていなくて、上下左右に揺られながら到着しました。近くに住宅はなく、開けた、静かな場所に施設はありました。

どんな人たちがいるのか、少し怖い気持ちもあったし、緊張もしていました。開催するチームのメンバーすら会うのは初めてです。しかも調理はキッチン施設で行うのではなく、屋外で火を起こすとか。インドアな私は普段キャンプに行くこともなく、不安は募るばかりでした。

施設の真ん中にある小さい建物に案内され、中に入ると部屋をぐるっと取り囲む形で施設の利用者が座っていました。男性ばかりズラッと、何とも言えない存在感があって、緊張と怖さで押しつぶされてしまいそうでした。

何人か集まっている中、おもむろに誰かがマテ茶を淹れ始めます。マテ茶はカップに金属製のストローをさし、マテ茶の葉をふんだんに入れてお湯を注いで淹れます。注がれた分を一人が飲み切り、次の人のためにお湯を足して渡す。そう、マテ茶は回し飲みするんです。

日本人にとっては、ちょっと驚く習慣ですが、アルゼンチンでは当たり前のこと。初めて会う人がいてもそれは変わらず、集まりの輪に受け入れてもらえている感じがしました。

しゃべることを楽しみながら、そこにマテ茶もある。自分が飲み終わったら、他の人に飲むか聞いて淹れてあげる。自然でちょっとしたその気遣いがいいなと思いました。

▲マテ茶を飲みながらおしゃべりしているところ

パウリーナが話し始めると、みんなが静かになり彼女に注目します。今回のワークショップ開催の背景やメンバーの自己紹介が始まります。私たちが施設にやってきたことに対して盛大な拍手と「ようこそ!」という言葉が投げかけられたことで、歓迎されているんだとわかりました。覚えてきたスペイン語の自己紹介は詰まってしまいうまく言えませんでしたが、言い終えたらまた盛大に拍手してくれました。よく見ると壁のホワイトボードにも、歓迎する言葉が書かれていたようです。ぱっと見ではわからないけど、実は楽しみにしてくれていたのかもしれない……、と思いました。

外に出て、炭に火をつけ、今日のワークショップが始まりました。炭と火は浦安のワークショップから続く、このプロジェクトの象徴的なモチーフです。

まず私が略式的な抹茶の立て方を説明しながら見せました。浦安でお点前を経験したマックスに飲んでもらい、一連の流れを伝えます。その後、やってみたい人に実際にお茶をたてて味わってもらいました。何人も興味を持ってくれて、チャレンジしてくれました。「いい感じ」と伝えると嬉しそうにしてくれます。抹茶自体初めて飲む人が多く、みんな口々に「アセルガみたい」と言います。アセルガはほうれん草に似た野菜で、それの味がするみたい。おいしいと言った人は残念ながらいませんでした。

▲抹茶の点て方の説明を聞いた上で、お手前や抹茶の味を体験

次は施設の利用者から、彼らの日常食の一つであるトルタ・フリッタの作り方を教えてもらい、一緒に作ります。計量はせず、材料を台の上に直接広げ、混ぜてこねていきます。生地がまとまったら形を作りますが、様々なバリエーションがあります。シンプルな丸いもの、クロワッサンのように巻いたもの、凝った巻き方をするものなど、人によってそれぞれ。家族で作ったもの、これまで食べてきたもの、背景も様々なんだろうなとうかがえます。作業している間、おしゃべりも盛り上がってとても楽しそう。言葉が通じなくても「見て見て」と合図してきて、作り方を教えてくれたりもしました。形ができたら炭火にかけた油で揚げます。大量にある生地を、手際よく、協力して揚げていきます。

▲トルタ・フリッタの生地作り
▲出来上がったトルタ・フリッタと寸胴で淹れた煎茶

急須ややかんは無いので、寸胴で沸かしたお湯に煎茶の茶葉をそのまま投げ込みました。茶こしもないので、漉し袋のようなもので濾して何とか飲めるように。専用の道具がなければあるものでなんとかする。このあたりも普段の自分にはない、生きる力だなと感じました。

トルタ・フリッタを食べ、煎茶を飲み、ひとしきりおしゃべりを楽しんでから、今日のワークが始まりました。

利用者は小さな紙に自分の名前をアルファベットで書き、日本人である私たちがカタカナでどう書くかを伝え、それを大きな布に炭を使って書きます。自分の名前がカタカナになることは、私が想像しないくらい、彼らにとっては面白くうれしいことのようで、「ありがとう!」と喜んでくれ、嬉々として布に書いていました。そのうち、「これは家族の名前」と言って、何人もの名前を書いて持ってくるようになりました。一人ひとりの名前を、日本語風に発音しながらカタカナで書いて渡します。「タトゥーにするんだ」と言っている人もいて、彼らにとって自分や家族の名前がとても大切なんだなと感じました。

一日の活動の終わりに、みんなで集まって振り返り会のようなことを行いました。パウリーナが活動のまとめをして、「何か言いたい人」と問いかけると、利用者が自然と感想を述べ始めます。誰もがこの機会やそれを実現してくれた人たち、日本からやってきた私たちへの感謝を丁寧に伝えてくれて、思っていることをちゃんと言葉にして伝えられる人たちなんだと、感動しました。

施設から去り際に、「ありがとう!」「また明日ね!」と大きな声で何度も言って手を振ってくれた利用者の方たち。始まる前の怖さや緊張感はどこかに消え、軽やかな気持ちでした。ほとんど言葉は通じなかったけど、一緒に作って一緒に食べる、この短い時間だけでぐっと距離が縮まり、心が通い合ったと感じました。

2日目:テーマ:マテ茶とぼったら

まず、施設を案内してもらいました。利用者が寝泊りしている建物やオフィス、工具ボード、キッチンの隣には手作りの窯があり、パンも自分たちで焼いているそう。その隣には焚火に大きな鍋がかけられ、常にお湯が沸かされています。ここから水筒にお湯を取り、マテ茶を淹れて飲むため、施設のシンボル的な場所だと言っていました。その他に、洗濯を干す場所があったり、鶏や動物を飼っている場所、畑もあり野菜も育てています。

▲焼きたてのパンを見せてくれる

施設の利用者はそれぞれに役割を持っていて、例えばキッチン担当は食事を用意します。担当はローテーションしていき、初めて担当する人には先輩が教え、失敗も経験しながらそれぞれの仕事を責任を持って担えるようになっていくそうです。そこにはマニュアルのように書かれたものが存在するわけではなく、文字通り「やりながら」、人がやるのを見て、実際に教えてもらいながら身に着けていくスタイル。そうして経験しながら身に着けたことはきっと一生もののスキルになると思います。ここで暮らしている人たちは、生きる力が強くなるだろうなと感じました。

この施設ではおおむね1年くらいで卒業し、社会に戻っていくことを目指していて、その為に大学でコースを受講し資格を得ることもできるそうです。工具を使い家具を作ったり、家畜を世話したり、野菜を種から育てたり……、働くスキルに繋がる経験もしています。ただ与えられた仕事をこなすのではなく、より快適に過ごせるにはどうすればいいか、自分たちで考え、創造的に仕事を行う。それをサポートする仕組みと仲間がいることもこの施設の大きな特徴です。

▲菜園エリアを見学

この日は浦安名物、ぼったらをみんなで作りました。屋外の炭火にかけた大きな鉄板で焼くので、浦安のお店でやったようにちゃんと焼きあがるか、ちょっと不安でした。

浦安で学んだぼったらの歴史を伝え、作り方をデモンストレーションして見せます。利用者たちは飲み込みが早くて、デモが終わると躊躇なく作り始めました。生地ができると見せに来ます。OKサインを見せると、本当に嬉しそう。純粋に楽しんでくれているんだなと私もうれしくなりました。

鉄板の面積が限られるので、できた人から生地を広げて焼いていきます。我先になんてことにはならず、みんなで協力して順番に焼いていきます。初めは私が作ったように5㎝くらいの小さな形に生地を落としていましたが、気づけばそれぞれ好きな大きさに焼いています。要領を得たらあっという間にアレンジをして、自己流に変えていく、それを楽しむ彼らはとても自由だなと感じました。

仕上げ用に、浦安からは黒蜜を、念のためアルゼンチンの定番ドゥルセ・デ・レチェとチョコレートソースも用意しました。するとなんということでしょう!大きく焼いた生地にドゥルセ・デ・レチェを塗って巻き、それに黒蜜とチョコレートソースを掛けるというユニークなアレンジをしている人まで。「食べてみて」と渡されたマックスは、その甘ーいぼったらをおいしそうに食べていました。ぼったら「自由の風」風は、様々な進化を見せていました。

▲どんどんぼったらを焼いていく
▲作った甘―いぼったらを味見するマックス

マックスが浦安でも披露してくれた、昔ながらの方法でマテ茶を淹れてくれ、この日もみんなで食べたり飲んだりしながらワイワイと時間を過ごしました。言葉が通じないとわかっていても、みんなどんどん話しかけてくれたり、質問してくれたりします。スペイン語ができれば、もっといろんなことが伝えられるのに!と、ものすごく悔しい思いでした。

▲パラグアイの先住民族に由来するマテ茶の作り方を披露するマックス

この日はここまでで時間を使い切ってしまい、ワークは明日へ繰り越しとなりました。

3日目:テーマ:ピンチョス・アサードと串焼き

3日目。とても気楽な気持ちで施設に向かいました。心配することはもうなくて、今日はみんなのどんな反応が見られるだろうと楽しみでした。

昨日ワークができなかったので、まずみんなで施設の地図を描くことから始めました。マックスが大きな布を広げ、木材でつくられた手作りのステージ(敷地の中央に位置する)を描くと、利用者もそれぞれ続いて描き始めます。役割分担をせずとも、散らばって全体的に描かれていきます。ざっくり輪郭を描くだけの人もいれば、細かく野菜が植わっている様子を描く人も。実際にある建物だけでなく、存在しない大きな木を一生懸命描いている利用者も。言われたことをするだけじゃなく、考えて、自分が楽しいと思うように取り組んでいく姿がありました。

▲手作りのステージ(写真左手)
▲施設の地図をみんなで描く様子

全体的に描けたところで、串焼きの調理の作業へ移りました。手分けして材料をカットし、串に何を刺すか、どの順番で刺すかを考えて自分らしいひと串を作ります。

牛肉、鶏肉、紫キャベツやパプリカ、人参、玉ねぎなどのカラフルな野菜に桃。思い思いに刺して、どんどん炭火の上に乗せていきます。網の上は、あっという間にカラフルな串でいっぱいになりました。

炭火の火力は思ったより強くて、私はなかなか近づけませんでしたが、近くにいる利用者が他の人の串も面倒をみて、ひっくり返してくれます。熱くて取れないでいると、「どれどれ?」と聞いてくれ、取って渡してくれます。喉が渇くころには「水飲む?暑いよね」と冷たい水を差し出してくれたり、立っているとイスを持ってきて座るよう勧めてくれたり、利用者たちは本当に紳士的です。快適に過ごせるよういつも気遣ってくれていました。

日本で焼き鳥を食べるとすると、塩かタレが定番の味付けです。アルゼンチンでは、焼いた肉にチミチュリ(ハーブとスパイスに塩、オイルと酢を加えたもの)とクリオラソース(赤玉ねぎ、パプリカなどの野菜に塩、オイルと酢を加えたもの)をつけて食べます。

今回は日本の調味料を使って、新しい味を楽しんでもらおうと考えて、柚子胡椒、ワサビ、山椒など定番のものから、ゆかりやのりたまなどのふりかけも日本から持ってきました。ラベルの読めない彼らは、「これ辛いの?」と、辛いかどうかを確認して、躊躇なく調味料を試します。(辛い物を避けるというよりは、辛いものが食べたいようでした)何種類も調味料をミックスしたり、とても自由。中には自分たちで焼いたパンに焼き鳥を挟み、のりたまをかけて食べている人も。焼き鳥は塩かタレと思い込んでいるのは、実はもったいないことなのかもしれません。

この日誕生日の利用者がいて、みんなでハッピーバースデーを歌いました。独特な合いの手が入った、スペイン語・自由の風バージョンです。大人になって、こんなに大勢の人が大きな声でハッピーバースデーを歌ってくれることなんてないので、私の誕生日も滞在期間だったらよかったのにと少しうらやましく思いました。

ひとしきり食べることを楽しんだら、終わりの会が始まります。パウリーナが今日の活動のまとめをして、利用者が自発的に感想を伝えます。彼らの言葉はいつも謙虚で、周りの人への感謝に溢れていて、通訳してもらった言葉を聞きながら涙が出てしまいました。問題を抱え、つらい経験をしてきたことを受け止め、それを言葉にして人に伝えることができる。今の自分があるのは、周りの人の支えがあるからだと素直に感謝することができる。言葉にして伝えることも、素直に感謝することも、自分はできていないなと思いました。

利用者の一人が得意のラップを披露してくれる場面もありました。スペイン語なので内容は全く分からなかったけど、彼の気持ちが込められていて、他の利用者の中には涙を浮かべながら聞いている人もいて、彼らに共通する気持ちや思いが込められているんだろうなと感じました。歌い終わったら盛大な拍手、ハグとキス。受け取った感動や気持ちを、目に見える形で返していて、こういうことが彼らの絆を強くしているんだろうなと思いました。

▲ピンチョス作りの様子
▲日本の調味料で味付けを楽しむ利用者

4日目:テーマ:チョリパンと焼きおにぎり

4日目、自由の風を訪問する最後の日です。この日は、私たちの訪問に際して利用者が手作りしてくれたテーブルに絵を描くワークから始めました。学長の日比野さんのプロジェクトであるTURNについて、過去のプロジェクトやTURNという言葉に込められた意味を伝え、それぞれが思うTURNを描いていきます。日比野さんがいつも使っている大事な筆を借りて、白と黒のペンキで。

絵を描く人、文字を書く人、中には前のワークで覚えたカタカナで自分の名前を書く人も。

みんなが書き終わっても、まだ一人黙々と描き続ける人も。TURN=変わる、変えていくというのは、彼らがまさしく今取り組んでいるテーマで、私が想像する以上に響く言葉だったのではないかと感じました。

▲思い思いにテーブルに描く
▲完成した様子

後半の調理パートへ移っていきます。おにぎりのためのご飯は、施設のキッチンを借りて炊きました。大きな寸胴に普段炊かない量のお米と水を入れます。寸胴の横には取り外しできる取っ手を差し込むための穴が開いていて、「ちゃんと炊けるだろうか」とかなり不安でした。何度も蓋を取って中を確認してしまいましたが、何とかごはんは炊けました。ご飯を大きなバットに広げてみんなのところへ持っていき、おにぎりづくりのスタートです。

おにぎりがどんな食べ物か、どうやって作るかを実際にやって見せながら説明します。1個目は塩にぎりにして、浦安のおいしい海苔をくるっと巻いて見せました。おにぎり用に梅のチューブやふりかけを用意していて、見せるとわぁっと喜んでくれ、それぞれ作り始めます。一度要領を得たら、彼らは早い、そして自由です。私たちは絶対にやらないであろう組み合わせのおにぎりをどんどん作っていきます。中にはチョリパン用のクリオラソースをおにぎりとコラボさせたものまで!(口に入れられるか躊躇する見た目です!)先入観にとらわれない、自由な発想をする彼らを見て、自分は随分と「こうあるべき」ということに縛られているんだなと改めて気づかされました。

▲チョリパンを作るためのトッピングや材料、おにぎりが完成
▲オリジナルソース等をかけて作ったチョリパン

ワイワイ食べた後には、いつも通り、終わりの会です。パウリーナがこれまでの活動のまとめをして、話したいメンバーが自発的に話を始めます。パウリーナへの感謝、日本から来た私達への感謝、ワークショップという機会への感謝や、自分の置かれた状況や問題、ワークショップで感じたことなど、私自身は躊躇するようなことも言葉にして、みんなと共有します。とても勇気があると思いました。

聞いている方もみんな真剣で、また温かくて、みんながお互いを信頼しあっていて、ここは安全な場所だと心から思っているんだなと感じました。

▲活動後の振り返りの様子
▲日比野学長が描いた看板「皆に日は昇る」
▲クリスマスに向けた準備が進む。クリスマスは家族が施設を訪れる、利用者にとって特別なとき

展示のこと

浦安とアルゼンチンで行ったこれまでの活動や交流を展示する場作りにも参加させてもらいました。どのように展示するかはキュレーターのクラリサが考え、多くの人が関わって準備が進められます。浦安のワークショップで作った浦安の地図は壁に掛け、自由の風で作った施設の大きな地図は天井から吊るされます。

マックスと私は活動期間中、日記を書いていました。マックスは浦安での日記、私はアルゼンチンでの日記を。それも作品として展示されました。また、日比野さんが日記の中から選んだ印象的なフレーズを展示室の壁に描いてくれます。

マックスが壁に地図を描き、クラリサと一緒に浦安・アルゼンチンのワークショップで作ったメニューをスペイン語で書き、私はそれを日本語で書きました。展示を作るのは初めてだったので、その大変さと面白さを経験することができました。

▲展示会場とインストールの様子

印象に残った言葉

今回のプログラムを通じて、たくさんの人と出会い、話す機会がありました。その中で特に印象に残った言葉を紹介します。

「プロジェクトを持った人生」

これは現地で通訳をしてくれたまみさんから、移動中のタクシーの中で聞いたことです。アルゼンチンの人は仕事とは別に、自分のプロジェクトを持っている人が多いということ。お金を稼ぐという目的以外で、自分のやりたいことが明確なのだと感じました。カミノスの職員のように、他の誰かに貢献するようなプロジェクトを持つ人が多いことも素敵だなと思いました。

日本では仕事や家事に追われて時間がない、自分は環境的に不利だ、やりたいことがわからないなど、よく聞きますが、それとは大きく異なっています。アルゼンチンは経済的危機な状況にありますが、だからこそ明日どうなるかわからない国だから、やって失敗したらやり直せばいいという挑戦するマインドセットがある。自分のやりたいことに挑戦するのとしないのとでは、人生の充実度に大きな差があるなと感じました。

「好奇心・疑うこと・情熱」

これはマックスに「人生を幸せに生きるために必要なことは何だと思う?」と聞いた時に話したことです。私にとっては好奇心が何より大切だ、とこれまでの人生通じて感じていました。マックスも同意し、さらに疑うことを付け加えました。言われことや考えたことをそのまま受け取るのではなくて、「本当にそうか?」と自分に問いかけることは、やりたいことを洗練させる上で確かに必要なことだと思いました。そして情熱。自分のやっていることに情熱を持てるかどうか。マックスは絵を描くことに情熱を持ち、それで生活できているから幸せだと言いました。私自身、今の生活に特に不満はなく、それは幸せなことだと思っていましたが、情熱を持って取り組んでいることがあるか?と問われたら、答えに窮してしまいます。この時をきっかけに自分にとって「それ」が何かを考えていますが、今回のプロジェクトを通じて方向性が見えてきたような気がしています。

「風が吹いたら思い出す」

これは日比野さんが自由の風でまとめの話をしているときにおっしゃったことです。自由の風では、気持ちよい風が吹いていて、日本に帰っても風を感じた時に、今日のことを思い出すと思う、という内容でした。

さりげない言葉ですが、私たちの経験や記憶をふと呼び戻すきっかけって、そういうことだなと思ったんです。私自身風が吹いていることは感じていましたが、日比野さんが言葉にして伝えてくださったから、改めて気づいて未来についても思いを馳せられた。楽しい場が終わるのは寂しいことですが、こういう言葉が共有できたら長く思い出が共有できるなと思いました。

「どうやればいいかじゃなくて、やりたいという思いが人を動かす」

これも日比野さんの言葉で、アルゼンチンでみんなで最後の食事をしていた時に掛けてくださったものです。普段プロジェクトマネジメントを仕事にしているので、「どうすれば最短で目的が達成するか」というような、達成すべき、言い換えれば達成可能とわかっている目的をどんな手段で達成するかという思考になっています。普段の仕事ではそうじゃないと困るのですが、自分のプロジェクトとして、もっと大きなことをやりたいと思った時、方法論を考えていたのでは一歩も前に進めません。そうではなくて、こういうことがやりたいんだと言葉にして伝え、周りの人を巻き込んで仲間を作ること。これは、このプロジェクトから繋げていきたい浦安での活動にも重要なヒントになるなと感じています。

プログラム全体に関する感想

今回のプログラムに参加して、出会いや経験、学びや気づきが本当にたくさんありました。

何より、アートについての認識が大きく変わりました。アートと聞いても自分からは遠い、ちょっと高尚なものという印象で、実態がつかめないように感じていました。でも今回のプログラムを通じて、作品としての美しさを楽しむものというだけではなく、制作のプロセスを知ったり、作者の思いを知ることで自分と作品の距離が縮まったり関係性ができたりするということを感じました。また一緒に制作することで共同体験できるものでもあるということも知りました。

特に今回、マックスを浦安に迎えて一緒に活動できたことは、私にとって貴重な経験となりました。彼と様々なことを話して意見交換することで気づくことや学ぶことがたくさんありましたし、全く異なった背景を持つ彼の目線で浦安を改めて見つめ直すことで、10年住んでいても知ることができなかった多くの人たちや場所、浦安の魅力に、わずか1か月でものすごくたくさん出会うことができました。

また、この期間に海外交流プログラム以外の浦安藝大のアートプロジェクトにも参加させてもらったことで、浦安は水害に弱く、その意識を持つ必要があることを知ることができたり、自分自身がファッションに対して持っていた少しネガティブなイメージが変わるきっかけを得たり、ワークショップを通して普段お話する機会のないおばあちゃんやおじいちゃんとお話する機会を得たりすることができました。「水害について学びましょう」とか「高齢者と交流会」というイベントだったら、こんなに自然に楽しめたり、その後連絡先を交換したり、街で見かけて駆け寄って声をかけるような繋がりが生まれたはずがありません。

固いテーマに楽しく参加して、普段の暮らしの中で自然と考えてしまうようになるきっかけを作ってくれるのが、アートの力なのかなと感じています。