3限目 循環する社会へ

「拡張するファッション演習」の第3回目は、国内でセレクトショップを営んでいる矢野悦子さん、北原一輝さん、石井大彰さんをお迎えして「循環する社会へ」をテーマとしたフォーラムが開催された。

自分を気持ちよくしてくれるものがファッションだと捉える林さんは、ファストファッションが溢れ、低価格で服が手に入る時代に、均一化されたファッションですべての人の気持ちよさが叶えられるのか? そこから振るい落とされる人がいるのではないか? と、疑問を抱いていたと言う。

本来人はもっと複雑な存在で、衣服で心地よいと感じるポイントもこだわりも違うはずだ。そんな「一人ひとりに向けてファッションを届けている人」として、セレクトショップを営む方々をゲストとして招き、衣服とファッションをつくる人・売る人・着る人の循環を浦安市民と共に考えていく場として、フォーラムが開かれた。

まずはゲストの方の活動を紹介。トップバッターはセレクトショップ「September Poetry(セプテンバーポエトリー)」のオーナーである矢野悦子さん。原宿の伝説的なセレクトショップ「ランプ ハラジュク」で30年間ディレクターとバイヤーを勤めていた矢野さんは、東日本大震災をきっかけに「新たな仕事を考えたい」と退職。葉山に移住し、自宅でセレクトショップをスタートさせた。

▲矢野悦子さん。ショップは作家さんと矢野さんの重なり合った想いに、共感してくれる人を祝福するような祭壇を目指している。

取り扱う作品や服のセレクト方針は「できる限り手作業を大切にしていて、暮らしと作品が切り離されていない」こと。自作の焼き釜で器を作っている鳥取の作家や、お客さんとの会話から植物のアロマミストを調合する作家、NYで自給自足に近い生活をしているファッションデザイナーなど、暮らしと作品が繋がっている作家の作品をセレクトしている。

矢野さん自身も作家の作品や服と共に暮らすことで心地よい暮らしを送っており、「この豊かさを分かち合いたい」という想いから、2ヶ月に1度オープンショールームとして自宅を開放。

「住み開き」しならが自らの暮らしとお店を繋げて、作り手の想いが込められた作品をお客さんに届けている。

続いては大阪の中津でセレクトショップ「itocaci」のオーナーであり、綿花栽培を10年間行っている北原一輝さん。

▲北原一輝さん。普段はコンクリートジャングルで暮らしているため、月に1回畑で土をいじるのは、心と体のチューニングにもなると語る。

国内のインディペンデントなブランドをセレクトしながら、ポップアップを3ヶ月に1回のペースで開催。服は非日常の体験をできるツールと捉え、自分のルーツを振り返る展示をしたり、風船で手紙を届ける幼少期の遊びから着想し、販売する服1着ずつに手書きのメッセージを付けたりと、実験的なポップアップを行っている。

2014年からは「自分たちが普段着ている服のコットンって、どうやってできてるんだろう?」との疑問から、兵庫県西脇市で綿花栽培を開始。右も左もわからないなか地元のおじさんに栽培方法を教わり、ショップのお客さんたちも誘いながら、10年間綿花栽培を続けている。

ただ栽培して終わりではなく、西脇市が国内最大の播州織の産地という文脈のもと、育てたコットンでチェック生地のシャツを作ったり、メンバー用の手拭いを作ったりとプロダクトとしてもアウトプット。その過程でテキスタイルデザイナーや工場人たちとも繋がりが生まれ、コミュニティが育っている。

▲合間の休憩に、北島さんが今年収穫したコットンに実際に触れることができた。

最後は大田区平和島でセレクトショップ「loose(ルース)」を営んでいる石井大彰さん。

▲石井大彰さん。ショップでは西尾さんが西成のおばあちゃんたちと作ったブランド「NISHINARI YOSHIO」も取り扱っている。

文化に触れて、洋服に触れてほしいという想いから、地元の大田区でセレクトショップを始めた石井さん。下町の匂いが残る町で、工場や飲み屋さんもたくさんあり、お客さんはほぼ地元の方。普段着を求める人も多く、長く使えるブランドが好まれるのだそう。

自身に共鳴した国内外のブランドを取り扱う中で、大田区蒲田にある帽子工房とコラボして古着をリメイクした帽子をオーダーメイドで作ってもらったり、大田区の生活実習所が生活実習の一環としてベンガラ染めしたTシャツをお店で販売したりと、地域に根付いた活動も行っている。

また、かつて勤めていた天然繊維のテキスタイルメーカーとコラボし、メリノウールの残反(ざんたん)を使ったオリジナルのカットソーを作ったりと、環境にも目を向けながらいろんな人と共にファッションを楽しんでいる。その拠点として、お店があるという。

それぞれ生活とファッションを繋げながら活動する3人の取り組みを受け、「身近なメディアであるファッションの延長に自然体の生活と働き方が繋がっている『循環』が何よりも豊かだと感じた」と西尾さん。

服の売り買いだけではなく、服ができあがる過程や届ける先まで想像をめぐらせ、ファッションを通した人との繋がりを育む。こうした循環を、浦安ではどう実践できるのか。それを考えるための種を植えるようなレクチャーとなった。

4限目 魂のもう一つの皮膚

「拡張するファッション演習」の最後のカリキュラムとなる4回目は、i a i / 居相のデザイナー・居相大輝さんをお迎えして、「魂のもう一つの皮膚」と題したレクチャーと試着撮影会を開催。

居相さんはかつて限界集落の村で暮らすなかで、自身の服を纏った高齢者の村民を美しいと感じ、村民のための服を制作してきた。産業から離れて自分の暮らしの中でファッションと向き合い、服を作っている居相さんから「ファッションの未来を考えていくための手がかりを得たい」と、林さん。

まずは居相さんのレクチャーから。居相さんは京都の福知山市で生まれ育った居相さんは高校を卒業後、人を治癒・ケアすることに憧れ東京消防庁へ入庁。消防士として働く中で東日本大震災を経験し、いつ何が自分の身に起きるか分からないと、好きなことを生業にしようと決意。もともと装うことが好きなこともあり、服作りを始めた。

▲i a i / 居相のデザイナーの居相大輝さん。

さらに何が起こっても暮らしを自分の手で取り戻せるようになろうと、家づくりや畑で作物を育てることにも目を向け、地元の福知山の毛原の限界集落に住みながらi a i / 居相のブランドをはじめることを選んだ。

一番年が近い村民でも65歳だという高齢化が進む村で、村民のための普段着や農作業着を作るようになったきっかけは「お返し」の精神だった。

移住した居相さんを歓迎してくれた村民に「服作りをしている」と伝えると、「それで食べていけるのか?」と心配し畑で育てた野菜を米を分け与えてくれた。心が満たされ、自分ができるお返しをと、時間をかけて作った服をプレゼント。そこには「僕の服を着てもらったらどういう表情をするんだろう?」という興味と、服を通してコミュニケーションしたいという思いがあったそう。

i a i / 居相の服は村民たちの体にしっくり馴染み、その所作の美しさに感動。写真を撮ってプレゼントすると「今までこんな写真を撮ってもらったことがない」とすごく喜んでもらえた。また趣味で服を作る村民に指子や刺繍をお願いすると快く受け入れてもらえ、仕事としてもコミュニケーションが生まれた。

▲会場の平面にはi a i / 居相を身に纏ったモデルの写真が。村民たちの美しい姿をみたいという原動力のもと、i a i / 居相の服は作られていった。

自分が「美しい」と思うことに心を向ける居相さんは、常に「心が喜ぶもの」を選択しているそうだ。例えば古民家の目の前に川が流れていたことから染織をしようと思い立ち、周りの豊かな草や木の根や土を生かした草木染織もはじめた。

その後さらなる豊かな自然を求めて「本当に好きなものや美しいものに囲まれて生活を営んだ上で、そこから創造される衣服をみたい」と、兵庫県の死火山の麓に移住。この地では木を切るところから家づくりをはじめ、3年がかりで自分の手で家を作った。

自然の恵みの中で服を作る居相さんだが、古いものがすべていいと思っているわけではない。今の時代の匂いや個性も取り入れながら、古代からの流れを汲む営みを、服作りだけでなく暮らしでも実践している。

服を作ることに没頭する時間が静かな心をもたらし、自分にとって心地良い暮らしに繋がっている。自分が「美しい」と感じることを受け取るために、余白を大切にする居相さんは、人々がi a i / 居相の服を着ることで楽しいや嬉しい感情が生まれて、心をケアして背中を押す存在になればと願っている。

▲i a i / 居相の服にはタグがない代わりに、背中に糸が縫い付けられている。子どもを悪霊から守るために子どもの着物の背中に縫い付けられた「背守り(せもり)」から着想。

後半はi a i / 居相の新作の洋服の試着会が行われた。

▲秋の風に吹かれながら、一枚一枚の布の声を聴いて制作されたという新作の服たち。

一見すると奇抜だと感じる形の服も、人が着ればしっくりと馴染む。もとからその服をまとっていたかのようにしっくりくるから不思議だ。

「これ、どうやって着るんでしょうね?」とマントを羽織り方を相談する参加者や、「あ、後ろのリボン結びますね」と服を着るのを手伝う参加者など、服を通して自然とコミュニケーションが生まれていた。

居相さんのファンだという参加者も何人かいて、目をキラキラと輝かせながら鏡の前で服を合わせていた。

同じ服でも、人が変われば服の雰囲気も変わって見える。肌の一つ一つに同じ表情のものがないように、着た人によって姿を変える服たち。これがタイトルにあるような「もう一つの皮膚」と言うことなのだろうか。

ひと通り試着会を終え、撮影会へ。事前に募集していた浦安市在住の65歳以上の市民がi a i / 居相の服を身に纏い、浦安の街で撮影会が行われた。

▲モデル自身が気に入った洋服を選んだり、居相さんがスタイリングしたりしながら、モデルの装いが決まった。
 ▲都会である駅前の風景とも、不思議とi a i / 居相の服は馴染んでいた。

どこで撮影しようかと相談しながら、新浦安駅の駅前を歩いていく。普段、モデルをする機会があまりない参加者たちは初めこそ照れていたが、居相さんと会話をしながら撮影するにつれ、表情もほぐれていった。

▲「そのポーズ素敵!」と、参加者たち同士でも撮影会がはじまる。

モデルをされた女性ふたりにお話を伺ってみた。

戦争を体験した世代だというひとりの女性は、戦時中は布が手に入らなかったため、母が自身の着物を解いて自分の洋服を作ってくれたことが、すごく記憶に残っているそう。頻繁に洋服を作れないので大きめに作られたワンピースの裾がずるずるしたのがとても嫌だったと語った。ご自身もニットのカーディガンをリメイクしてポシェットを作るなど創作を行っている。ポシェットは色褪せた分、記憶と思い出が宿っていることだろう。指にはお孫さんが作ってくれたというビーズの指輪もつけられていた。

もうひと方は学校でファッションを学ぶも、結婚すると女性は家に入ることが当たり前な時代だったこともあり、服飾関係の仕事には就かずにご自宅でずっと服を縫っていたそう。居相さんと同じく、手縫いの仕事をしていると心が無になって落ち着くようで、毎日ミシンの時間を作るために時間をやりくりしている。「主人よりも服のことを考えてるのよ」と茶目っけたっぷりに笑っていた。居相さんの服も、「どんな縫い方をしているんだろう?」と興味津々で観察していたのが印象的だった。

偶然なのか必然なのか、服作りが日常生活の中にある人たちが居相さんのモデルとなった。浦安にも服と暮らしが繋がっている人は、当たり前に存在する。

▲五十嵐さんのプロジェクトでメンター的存在になった須田さん。明海の丘公園でお祭りを開催するなど、浦安の街を積極的に盛り上げるために活動している方だ。レイヤリングされたi a i / 居相さんの服が、ご自身の貫禄とマッチしていてとても似合っていた。
▲男性モデルのピンクのベストが、背景の建物の色とリンクしていたなんてことも。
▲浦安藝大のすべてのワークショップに参加されていた男性。i a i / 居相の服に「すごく可愛い」とトキめいていた。普段、めったに服を買わないから選んで着ることが新鮮な体験だったそう。

i a i / 居相の服を身に纏ったモデルたちの表情はだんだんと自信に満ちていき、堂々とカメラの前に立つまでに。その人の魅力に寄り添うi a i / 居相の服は「あなたは美しい」とありのままを肯定してくれるようだった。

課外授業 浦安するファッション

「拡張するファッション演習」では浦安藝大のまちなか展示期間中に、入船地区の美容院を舞台に西尾美也+L PACK.の「浦安するファッション」の展示を開催。

▲入船地区の5つの美容院が協力してくれた。

浦安をリサーチした西尾さんが入船地区には美容院と理髪店が多いことに気づいたから、構想された展示だ。ファッションとは身なりを整えるものでもあり、美容院で髪を整えることもファッションを広げた先にある行為だ。さらに美容院は住民の生活に欠かせない場所であり、高齢者を含めたいろんな世代が交わる場所でもある。

そんな美容室・理髪店を舞台に、浦安の市民から募集した思い出の服や身の回りを彩る品を、エピソードと共に展示した。

▲作品を展示する什器はL PACK.が制作。パッチワークされた洋服は、家族が着古した服を元に作られたもの。
▲展示品以外もアート作品が飾られていた美容院。作品も風景として馴染んでいた。
▲店主の私物も展示。古い真空管のラジオで、人がアンテナになることでラジオを受信できる。

展示されたモノに宿る持ち主の記憶と思い出は訪れた人の記憶ともつながり、不思議と懐かしさを覚える。浦安の街に暮らす人たち一人ひとりに物語があるということを、モノは語ってくれる。

▲森田剛がファッション雑誌で着ていたポール&ジョーのシャツは、モデルをしていた母親があらゆるツテをたどりゲットしてくれたという思い出が。
▲大人気だったというジャケットは、小麦粉の袋をリメイクしたもの。展示品の周りには、お店の人のお心遣いからポトスが飾られてあった。

営業中の店舗を尋ねるなか、お客さんがいないタイミングであれば店主たちは積極的に話かけてくれた。お客さんたちも展示に興味を持ったり、展示目的で訪れた人と会話が始まったりと、交流のきっかけも生まれていたようだ。

店舗の棚にも昔から飾られているような置物や本などがあり、その空間自体にも浦安の歴史が地層のように積み重なっているように感じられた。

華やかな世界のものだと思い込んでいたファッションが、日常の手触りがある存在へと変わっていき、人に見せるためだけの装いではなく、自分にとっての装いとは何かを見つめるきっかけとなる。そんな「拡張するファッション演習」だった。


text: Lee Senmi
edit: Tatsuhiko Watanabe