さまざまな地域で人々と協働しながらアートプロジェクトを行っている西尾さん。はじめて赴く土地との関わり方について、確かなスタンスを持っていた。

「その土地で培われてきた“強さ”はどうしてもあって、例えば観光だとそれが観光スポットとして明確に示されるじゃないですか。でもガイドブックのすすめを追体験するような土地との受動的な関わり方にはすごく違和感があって。その時の街と僕の関係性が嫌というか。その街に自分がいるということを、自分で確かなものにしていくために何かこちらから投げ返したいと思ったのが、街中でアートプロジェクトをやる動機になってるんです。街はその街に住んでいる人だけに独占されるものではないとも思ってるので」

「服を提供してくれませんか?」と、誰でもできるようなことをお願いする。小さなことから住民とコミュニケーションを重ね、次第に自分の居場所を獲得していくのが西尾さんのスタイルだ。コミュニケーションのひとつとして行っている《セルフ・セレクト》では、見知らぬ人とただ服を交換するだけなのに、装いに対する思い込みに風穴を開けるきっかけを与えてくれる。

《セルフ・セレクト #111(オークランド)》。これまでフランス、ケニヤ、ベナン、ニュージーランドの都市の人たちと服を交換してきた。西尾さんがやりたい装いの逸脱や拡張を、一番実現できていると本人は語る。

「やっぱり異質なもの同士の出会いに、日常を非日常に変える力やクリエイティビティの芽があるような気がしていて。《NISHINARI YOSHIO》のおばあちゃんたちとの出会いもある意味衝撃的やったけど、7〜8年のあいだずっと一緒の時間を過ごしてることで成立していると思いますし。浦安ではどうなるかですね」

《NISHINARI YOSHIO》。大阪西成区にあるkioku手芸館「たんす」に集まるおばあちゃんとともに立ち上げたファッションブランド。おばあちゃんたちとの間に起こる予期せぬイメージのズレや齟齬を積極的に取り入れて服を作っている。

理髪店はコミュニケーションの交差点

西尾さんに与えられたテーマは「高齢化と孤立」。浦安市は元町、中町、新町のエリアごとに年齢層の偏りがあり、特に中町は高齢化率が高い。

「まず高齢者と聞いて、西成のおばあちゃんたちと通じるような人たちかなとイメージしました。言い換えればアートとは無縁の人たち。そういう人たちとのプロジェクトは、自分がやりたいことでもあるしやってきたことやから、テーマに違和感はなかったです。とはいえ、浦安市はやっぱりテーマパークくらいしか知らなかったので、初めてのリサーチでは街を歩きながら市役所の人にいろいろ教えてもらいました。その中で一番印象的だったのが『Uセンター』という施設で」

Uセンターとは浦安市在住の60歳以上の住民が利用できる老人福祉センターで、英会話やヨガ教室を開催していたり、ビリヤードなどのレクリエーションが楽しめたりと、高齢者のための活気あるコミュニティスペースだ。なんと、市内を循環する送迎バスまで用意されている。

「ある種、困ってない街というのが第一印象でした。街としても潤ってるし、高齢者のための施設や各エリアに老人クラブもある。一方で、西成と正反対の街並みというか。分譲マンションがメインやから余白が全くなくて、やりようがないなとはじめは思いました」

すでに高齢者の孤立問題に対して、さまざまな施策が行われている浦安市。しかし、そこからとりこぼれる人も少なからずいるはずだ。そんな人たちへ意識を向けたり、共感したり、アクセスする可能性をひらくことがアートの役割だと、西尾さんは言う。

西尾さん。今回、プロジェクトの道筋が見えてくるまで相当苦労したと語る。

「オルタナティヴな場所がポンとひとつできたら、『Uセンターには行かへんけど』っていう人に対して、市役所が用意したものとは違う働きかけができるかもしれない。そういう場づくり兼コミュニティづくりみたいなのをやるべきなんじゃないかと、なんとなく思いました」

そんな場所の候補として浮かびあがったのが、西尾さんがこれまでテーマとしてきた「装い」とも関係が近い理髪店だった。

「中町エリアには理髪店や美容院が多いと聞いてたんですけど、歩いてみたら本当に多くて。すごくおもしろいなって。しかも偶然、理髪店の前にとまった車から、娘さんらしき人に支えられたおばあちゃんがゆっくり理髪店に入っていく光景を見ることができたんです。まさにそのおばあちゃんは、Uセンターには行かない人だと思うんですよ」

服の装いには服の買い手と売り手のやりとりがあるが、理髪店や美容院であればそれはより親密になる。ときには美容師と客がお互いの人生の歩みを知り尽くすほど、長い付き合いになることもある理髪店や美容院は、高齢者の孤立に寄り添う貴重なコミュニケーションの場なのかもしれない。頭髪だけでなくそんな「繋がり」もメンテナンスするような場所に、西尾さんは可能性を感じていた。

浦安藝大にファッションコース誕生!?

浦安藝大では西尾美也研究室の拡大ゼミとして東京藝術大学の学生からプロジェクトメンバーを募る予定だ。西尾さんは、浦安藝大に「ファッションコースができたら」と仮定して、プロジェクトを進めていくことを考えていた。

西尾美也+東京藝術大学学生 《もうひとつの3拠点:三河台公園/カーテンをゆく》。六本木アートナイト2023のプロジェクトでも拡大ゼミとして、学年や学科をまたいで学生を募った。メンバーには音楽学部のオーボエ科の学生も。

「藝大にファッション科がないのは、逆にありがたいです。自分はファッションを拡張したり、逸脱したりすることにずっと興味を持ってきたので、いわゆるパターンをひいて服を作ることに、表現としてあまりおもしろさを感じなくて。藝大生たちがそれぞれの領域から半歩ファッションに踏み込むことで、反転するとファッションからはみ出したものになるんじゃないかと思っています。浦安藝大では僕が何かを一生懸命作るんじゃなくて、ひとつのカリキュラムとして理髪店や美容院を拠点とすることを条件に、藝大生が浦安をリサーチして装いの一種を作っていく。それが街に点在してるみたいなものを想像しています」

アーティスト教員のプロジェクトであれば、アーティストが作る作品を学生が手伝う形になることが多いが、西尾さんはアウトプットまでの道のりを一緒に歩いていく。プロジェクトの協働に学び合いのプロセスがあると感じているからだ。特に今回のプロジェクトには、浦安住民との連携も欠かせない。アートへの関心が薄い人も多いはずの住民に、西尾さんはどうアプローチしていくのだろう。

「住民と無理やり繋がるのはよくないので、ファッションジャーナリストの林央子さんに協力いただくことにしました。彼女はまさに『拡張するファッション』という本を執筆したり、それを基にした展覧会を作ったりしている方です。親密な関係の中で作り手にインタビューして雑誌を作っている編集者で、オルタナティヴな創作活動をずっとされています。林さんの編集者として取材する力や人と親密になる力を、学生と教わりながら実践して、さらにリサーチャーとしてファッション研究者の安齋詩歩子さんにも協力いただきながら、浦安に入っていくことをイメージしています」

編集者が人にインタビューをして雑誌を作ることと、アーティストがリサーチをして作品を作ることに、共通点は多い。アートプロジェクト型の作品を生み出すアーティストが編集者のような動きをすることも多いいま、編集者である林さんが加わることでプロジェクトの土台が固まりそうだ。

服から聴こえる「暮らしのリアル」

浦安市にある理髪店や美容院のリサーチと並行して、浦安市民の暮らしを知るために住民たちの服も集めていくことに。西尾さんはこれまでの地域のプロジェクトでも、その土地に住む人たちの服を集めてきた。

「いつも服と一緒に、服にまつわるエピソードも収集しています。どこで買ったのか、誰にもらったのか、どこに着て行った思い出があるのか。服は大体既製品やけど、着てきた時間と思い出によって、その人にとっての一点ものになってるはずなので」

昔に比べて、全国の暮らしの均一化が進む日本でも、些細なところから土地ごとの暮らしがみえてくるのだそう。

「例えば西成には、3日で帰るつもりで3着の下着だけ抱えてきたけど、結局そのまま嫁いでずっと住むことになったおばあちゃんがいて。その3着の下着は今も大事に残してるそうです。それがリアリティというか、生活者としてのおばあちゃんが見えてくる。そんな風に服のエピソードから生活が見えてきたら、浦安への向き合い方も変わるやろうし。それこそ理髪店や美容院は街のいろんな情報が集まる場所なので、そこで服を募集することになるかもしれないですね」

これから本格的に人と服を集めて、制作の構想を突き詰めていく。多くの人が関わる分、予想外の出来事も起きるはずだが、それが人と共に作ることの醍醐味でもある。浦安市民、行政、学生、編集者、リサーチャー、そして西尾さんが共に作り上げるプロジェクトは、浦安にどんなシナジーを生み出していくのだろう。


text: Lee Senmi
edit: Tatsuhiko Watanabe