浦安藝大とは浦安市と東京藝術大学が連携し、浦安市民とともに地域や社会課題解決のためのきっかけづくりとして、さまざまなアートを実践していくプロジェクトだ。山田さんは2020年に生涯学習課へ配属となり、このプロジェクトの立ち上げから担当を務めている。各地で開催されているビエンナーレや芸術祭を視察する中で、藝大が地域と協働するプロジェクトを知り感銘を受けたそうだ。

山田「浦安市としてもまち興しになったり、市外から多くの来場者が来るような大きな芸術祭というよりも、市民と一緒に何かを作ったり、考えたり、楽しんだりできるアートプロジェクトを目指していたので、藝大の取り組みに興味を持ちました。日比野学長にお会いして、本市が目指すアートプロジェクト案をお話したらおもしろいと言ってくださって、連携することになったんです」

▲山田。2004年入庁。コロナ禍真っ只中に生涯学習課に異動。浦安藝大プロジェクトに懸ける思いはひと際大きい。

生涯学習課文化振興係では市の文化施設の管理運営や美術展の企画などを行っている。浦安藝大のようなアートプロジェクトでは普段の業務とは違った動き方を求められるため、今年2023年に生涯学習課に異動してきた関口さんと石原さんは期待を膨らませていた。

関口「市役所は定型的な業務が多いので、アートプロジェクトという事業を作り上げていくのは、今までとは違った面でのおもしろさを感じていますね」

石原「昨年アートプロジェクトの告知が大きく出た時に、生涯学習課はおもしろい事業をやってるよねと話題にあがることもありました。自分も配属になって純粋に楽しみですしワクワクが大きいです」

▲関口。2003年入庁。生涯学習課文化振興係の係長を務める。浦安藝大では係員をまとめながらプロジェクトを裏から支える。
▲石原。2015年入庁。生涯学習課に異動した時には、同期に「アートをやるところでしょう。いいとこに行ったね!」と言ってもらえたそう。

浦安藝大で生涯学習課のみなさんと並走するのは、参加アーティストKITAのメンバーでもありながら、浦安藝大プロジェクトマネージャーを務めるミヤタさんだ。

ミヤタ「やっぱり『決まり切ったやり方だとおもしろくないよね』ってところから議論が始まるのがアートプロジェクトだと思っていて。そのあたりを本当によく理解していただいて本当にありがたいです。実際に行政のやり方に落とし込むためには、みなさん相当苦労されていると思うのですが……」

▲ミヤタ。プロジェクトマネージャーとアーティストの二足の草鞋で浦安藝大に深く関わっている。

仕事の進め方が、まったく違う

アートプロジェクトは街のリサーチからはじまり、街の人と関係を育みながら徐々に輪郭が形作られていくため、決まったゴールもなければ整備された道のりもない。アウトプットが未知数な分、常に手探りで進めていくことになるが、だからこそ藝大と一緒にやる意味があると、職員のみなさんは口を揃えて言う。

関口「行政課題を見つけてそれを支援する従来のやり方ではなく、違った視点のアプローチから課題解決に向けた動きが始まるような、新たな取り組みができればという想いがあります。藝大のような第三者のある意味真っさらな視点から浦安市を俯瞰してもらえると、やはりこれまでの行政のやり方とは異なるものになると思いますし、それを期待しているところも大きいです」

山田「そもそも私達は、企画書を作ってそれに基づいて事業を実施することが普通ですが、藝大とやり始めて『あ、進め方はそれだけじゃないんだな』というのがよく分かって。答えがない中で議論しながら進めるやり方もあるんだなと、すごく勉強になります。もちろん大変なこともありますが、ちゃんとお互い話し合って進めればきっといいものができてくると思うので、そこはすごく期待してます。こんなに特定の人と毎日頻繁にやり取りしてるのも、これまであまり経験がないので(笑)」

ミヤタ「確かに(笑)。毎日みなさんと話しながら、どう思ってるんだろうとか、おもしろいと思うポイントはなんだろうと考えています。人がいるからこそできることが最優先というか、たぶんプロジェクトメンバーが1人でも変わるとまた違うことが起こると思います。アートプロジェクトは市民の方もそうだし、これから関わる人によっても日々変わっていく、ナマモノみたいなものなので」

「自由な」アートと「マジメな」市役所。イメージ上は対岸にいるような関係のふたつに橋がかかることで、アートは決して雲の上の存在ではなく、生活と地続きで存在するものとして姿を現す。

関口「アートは美術館で鑑賞するものというイメージが強かったんですけど、藝大と一緒にやっていると『アートってなんでもいいんだ』みたいな気づきがありました。なんでもいいって失礼な言い方ですけど(笑)」

ミヤタ「全然失礼じゃないです!」

山田「日比野学長が消えていくものもアートとおっしゃった時は本当に目から鱗状態で。残るものがアートというイメージだったので、ちょっとびっくりしました。アートに対する新しい発想が私達だけじゃなくて、市民の方にもどんどん広がっていくと、きっといい作用が生まれるんじゃないかなとは思います」

石原「藝大とやっていて一番印象的なのは、我々にない発想が本当にポンポン出てくるなということ。今日も午前中、我々が修正をしたチラシの原稿を見て、『これTシャツにしたらおもしろい』と言ってて。どうしたらそういう発想になるんだろうと。我々は修正し終えたチラシを活用しようとは思わないのに、そこにおもしろさを見つけていて。それこそ空き地の視察に行ったときも、その空き地は変わった形をしていたんですが、皆さんが『この空き地いいね。かっこいいね』って言ってて」

ミヤタ「めっちゃかっこよかった! 全員言ってました!」

▲こちらが噂の空き地。

石原「私はむしろ四角い土地の方が活用しやすいのにと、すごく不思議で。本当に自分にない発想や視点をたくさん持っていて、それに日々触れられることで自分自身の固まった考え方も広がったり柔軟になったりするのかなと感じています」

ミヤタ「みなさんカッチリしているみたいにお話ししてますけど、全然そんなことないです(笑)。いつも『こういうのはどうですか?』と、パンチの効いた、アートに寄り添ったアイデアをいただくことがものすごく多くて。みなさんとお話ししていると、アートって実は社会に活かせたり、日常の意外なところで機能できたりといった発見があります。もちろんアートはそれが全てではないので、機能しない美しさも含めてですけど。あと浦安市役所はハッピーな雰囲気が漂っていて、やっぱり浦安市に対する愛があるというか。市民に対して皆さんできる限りのことをしようという気持ちを感じることがすごく多いです」

暮らしやすさが“分断”を生む?

浦安市は市民が利用できる公共施設の充実はもちろんのこと、子どもから高齢者まで福祉サービスも充実している街。埼玉県出身で現在浦安市在住の石原さんは、移住した当初に浦安市の手厚い行政サービスに驚いたそうだ。

石原「純粋に浦安市民としてすごく暮らしやすい街ですね。街灯も多くて、真っ暗な道を探す方が大変で夜道も怖くない。燃やせるゴミの回収は1日おきですし。4キロ四方の大きくない街なのに、駅が3つもあるうえにバスもたくさん走ってて。かゆいところに手が届くというか」

市のサービスが充実している一方で、街のそれぞれのエリアの中でおおよその日常生活が事足りてしまうため、生活圏を跨いだ交流は少なくなってしまう。特に災害などの有事には行政の対応に加えて市民同士が助け合う力を借りる必要も出てくるため、市民同士が交流するきっかけづくりも、浦安藝大に期待されていることの一つだ。

関口「元町、中町、新町とエリアごとに自治会や学校区などのコミュニティが作られていて、祭事などではすごい力を発揮しているんです。さらに元町から新町まで横串がささるような取り組みや街づくりが進むと、浦安市全体の幸福度はもっとあがると思っています」

反対に「よそ者」として外からやってきたミヤタさんは、エリアごとの属性の違いをポジティブに捉えていた。

ミヤタ「私は逆にエリアごとの色がカラフルで賑やかな街に見えます。むしろそれがよくて、それぞれのエリアに違った愛着があって、それぞれが違う浦安を見ている。浦安には元からの住人や移住者、少しの間だけ住む人とかいろんな人がいると思うんですけど、どんな人でも受け入れられやすい街な気がしています」

山田「我々が課題と思ってることもポジティブに考えると、もしかしたら街に眠る潜在的な力が掘り起こされるかもしれませんね。それがアートという起爆剤により実現できたらおもしろいですね」

キーワードは「自治の意識」

浦安市が抱える課題解決には、市民ひとりひとりの「自治の意識」も重要な鍵を握っており、その意識が芽生える土壌として、アートの役割が見出されつつある。

関口「行政と地域の市民・団体が協力して市の課題解決に取り組んでいますが、カバーしきれないニッチな隙間ができるので、そこでどんなことができるかが問われていると思っています」

画像(手書きの地図)

▲浦安藝大の企画書に描かれていた未来の浦安市。浦安藝大は公共の広場のようなもので、そこではいろんなコミュニティが新しい関係を築き上げることができる。ミヤタ作。

ミヤタ「やっぱりアートは空気みたいなもので、地域や団体間の隙間に入るのは得意というか。アートに関わったり触れたりすることで、気持ちに変化が出てきたり想像力を持てるようになると、外に目を向けられる人も少しずつ増えてくる。そんな人たちが隙間を埋め出す空気を作れたらいいんだろうな」

関口「本当にその通りで、強制的ではなくて自然に出てくるような。1人でも2人でもそんな人が増えれば成功ですね」

山田「入口は楽しくないとダメですよね」

ミヤタ「確かに。説教くさいとかダメですね(笑)」

関口「そうですね。楽しかったと思ったら、「あれ?」って気づくぐらいでよくて。来てよかったね、楽しかったねというのがまずは第一ですね」

山田「あと、アートの効果はなかなか見えづらいと思うので、できれば中長期的に継続してじわじわと浦安市に浸透していければいいですね。このプロジェクトでは、市民が気軽に文化芸術に触れることも一つの目的ではあるので、社会的な課題を考えるきっかけづくりや浦安の魅力発見ももちろん大切なんですけど、もっと市民が楽しく文化に触れていけるような雰囲気ができるといいなと思いますね」

ミヤタ「たぶんアートプロジェクトが街を“変える”とかそういうことは期待されてなくて。浦安藝大があるからみんな自由になれるし、自分の住んでいる場所とか立場とか子供の通ってる学校とか、そういうことは全部忘れてみんなが対等でいられる。そんな場所を作るのが、浦安藝大の役割なのかなと思いました」

市役所職員と藝大チーム、それぞれが浦安の未来に期待を膨らませ、自らの任務を全うしていく。浦安藝大が浦安にどんな風景をもたらすか、そのビジョンを楽しそうに語り合う姿が印象的だった。


ext = Lee.Senmi

edit = Tatsuhiko watanabe