
浦安でコットンを育てる?
浦安で綿花栽培のプロジェクトを始めるきっかけとなったのは、昨年に開催した同タイトルのフォーラム「循環する社会へ」でした。国内でセレクトショップを営む3人をゲストに招き、衣服とファッションをつくる人・売る人・着る人の循環を浦安市民と一緒に考えたイベントで、ゲストひとりだった北原さんが、自身が西脇市で栽培している綿花を持ってきたところ、浦安のみなさんから非常に熱い反応があったからだと、キュレーターの林央子さんは言います。
林さん「私が新浦安駅に降り立った時には、公園や道路脇に育っている植物の元気な姿が非常に印象的でした。北原さんが綿花を栽培している西脇市は播州織の産地であり、土地として大阪や京都の郊外といえる立ち位置にあります。浦安も東京という大都市の郊外である側面を持つことから、ふたつの土地が『拡張するファッション演習』を通して繋がると、何かが育ち楽しいことが起こるかもしれません。どういうことができるかを、浦安のみなさんと考えていきたいです」

西尾さん「例えば千葉県の名産品である落花生を育てることと、アートプロジェクトで綿花を育てることの何が違うのかという素朴な疑問が生まれるかもしれません。僕は、いき過ぎた社会から引き算していくことが、アートプロジェクトの一つの役割だと思います。ネットで買い物ができたりと便利な社会の裏側では、土に触れたり人とコミュニケーションを取ったりする機会がどんどん希薄になっています。そんなときに過去の技術を学びながら体験することが、今の時代においてはアートとして機能していくという考えでやっています。過去をただトレースして再現するだけではなく、いま生きている我々が新しいコミュニケーションを生んで、それをきっかけに新しい出来事を生んでいくことができます」
大量消費社会のなかで、ファッションも流行にのっとって、使い捨てのようにどんどん新しい服が量産されています。服の原料であるコットンを育てることからはじめ、コットンが糸になり、生地になり、服になる過程を体験することで、一度立ち止まって健やかな循環について考えられるきっかけになるかもしれません。
コットンはどうやって作られるのか?

北原さんは大阪で「itocaci」というセレクトショップを営みながら、店舗のオープンより早い2014年から西脇市で綿花栽培に携わっています。きっかけは「誰もが毎日身にまとう服の主な原料であるコットンは、どうやって作られているのか?」という疑問でした。
北原さん「我々が生活していく中で、コットンに触れない日はありません。いつも着ている服や、タオルやハンカチなど、ほとんどはコットン製です。それほど身近な存在にも関わらず、コットンがどうやってできるかイメージがつきにくい。しかし逆にイメージのつかなさが、非日常の体験に繋がるし、食べられないものを育てるのは案外おもしろいものです」
西脇市を選んだ理由は播州織の産地だからです。ジャガイモといえば北海道、落花生といえば千葉など、食べ物に産地があるように、織物にも産地があります。糸を染めてから織る「先染め」という技法を使った播州織の産地として、トップシェアを誇る西脇市。そんな街だからこそ綿花を育ててみようという想いと、西脇市で綿花栽培をしている「コットンボール銀行」の人たちの出会いがきっかけとなり、綿花栽培を始めました。お店のお客さんにも声をかけて、10年間綿花栽培の活動に取り組んでいます。

河野さんは西脇市の東播染工という糸染、織り、加工と生地を一貫生産している会社のテキスタイルデザイナーです。北原さんと共通の知人を通して綿花栽培の活動に出会い、一緒に活動をしています。
そもそも服の原料となるコットンがどうやって作られるのか。河原さんが綿花栽培の流れを説明してくれました。
4月:土作りと畝作り
コットンは栄養をたくさん必要とする植物です。「保田ぼかし」という、米糠、油粕、魚粉、カキ殻、石灰水を発酵させて作った肥料と完熟牛糞を混ぜた有機肥料を与えて、しっかりと土作りをします。
5月:種まき
5月10日の「コットンの日」に集まったメンバーで種植えをします。今年の活動では13種類のコットンを植えたそう。1〜2週間で発芽し、ある程度成長するまでは水をたくさん必要とするので、みんなで分担しながら水やりを欠かさず続けます。
6〜7月:成長期
コットンがグングンと成長していきます。
8月:開花
8月に入るとコットンの花がどんどん咲いていきます。黄色い花が次の日には赤色に変わり、どんどん色が濃くなっていき花が落ちると実になります。その実がポンと弾けると、コットンボールが出現します。
9月〜12月:収穫
コットンボールをひたすら収穫し続けます。この時期になると水やりはしなくて良いそう。コットンには和綿と洋綿があり、和綿は繊維が短く布団などに使われ、洋綿は繊維が長いので洋服に使われています。

河野さん「和綿は下向きに弾けるんですけれど、洋綿は上向きに弾けます。日本を含めたアジアは雨が多いので、綿が直接雨に当たらないように和綿は下を向いてるんじゃないかと言われています。こういういろんな種類の綿を見るのが本当に楽しいんです」
収穫後:種とり
次の年に向けてコットンの種を取っていきます。綿繰りの機械にコットンを挟むと種と綿が分かれます。すべてのコットンを取り終えると畑じまいになり、また4月に土作りをするというサイクルです。
河野さんはコットン作りの魅力について、こんなふうに語ります。
河野さん「例えば土の香りや花の彩り、綿の感触などを身体で感じることで心が満たされていきます。風で揺れる葉っぱを見たり、セミやコオロギの声を聞いたりすると、なんともいえない美しさを感じますし、生き物との出会いもたくさんあります。コットンを収穫する際の畑の風景はすごく素敵で、ここでの体験を人と分かち合うことの素晴らしさを実感しています」
綿花栽培を通して畑がコミュニティに
さらに綿花栽培では、地元の高校生が一緒にコットンを収穫したり、コットンを糸にするワークショップに子どもたちが真剣に取り組んでくれたりと、いろんな人の交流の場にもなっています。
北原さん「僕は大阪という市街地に住んでいて、土に触れる機会はほとんどないんですよね。でも畑で触れる土はひんやりとして気持ちよかったり、定期的に西脇市に集まる人たちとのコミュニケーションが楽しいから、10年も続いてるのかもしれません」
集まる人たちは綿花栽培を体験するのが目的ですが、結果として10代から70代までのいろんな世代や趣味嗜好が異なる人たちが集まり、土いじりをしながら、コットンを収穫をしながら、作業後に食事をしながら、会話をワイワイと楽しんでいます。綿花栽培の場所である畑自体が、ひとつのコミュニティになりました。参加者それぞれが得意や好きなことを持ち寄ることで、自然とコミュニティは盛り上がると北原さんは言います。

北原さん「西脇では農家の方々もコットン畑に来てくれてます。お米や芋を収穫する時期になると持ってきてくれるんですよ。河野さんや他のメンバーがいただいた素材を使って、作業後に一緒に食べるためのご飯を作ってくれます。糸車で糸を紡ぐのが得意な方は講師になってくれたり、織物工場の方が織物を販売しにきたり、僕は洋服屋なので西脇の方たちに合わせて洋服を持っていったり、それぞれができることをみんなで持ち寄って、みんなで場を盛り上げています。シンプルにみなさんが好きにお菓子を持ち込んで、そこに来た人と一緒にお茶会を楽しむだけでも、僕は全然いいと思うんですよね」
「食育」のように「服育」を
さらに綿花栽培には「食育」のように「服育」という形でアプローチできるかもしれないと北原さんは言います。服がどうやってできるかイメージしづらいのは、綿花から洋服になるまでの工程が長く見えづらいのも原因のひとつです。綿花栽培を通して服ができる背景に触れることで、普段身にまとう服について想像力を広げることができます。
北原さん「コットンは収穫がゴールではなく、あくまで通過点に過ぎません。野菜もそうですが、料理というゴールまでその日に完結できることが多いです。しかしコットンは収穫後に糸になって、布になるので、収穫は全体の折り返し地点に過ぎません。そういうところから服の在り方を考えるきっかけになるのが、綿花栽培のおもしろさだと思います」
浦安で綿花栽培をやるとしたら
レクチャーを終えたところで、参加者たちが5グループに分かれ、「浦安のどこでコットンを育てたら面白いか?」、「コットンを育てながらやってみたいこと」をテーマに話し合います。


浦安に住んでいる人と浦安の外からきた人が交じり合い、みなさんときには真剣に、ときには和気あいあいと話し合いを進めます。


ある程度議論がまとまったところで、グループ内で出てきたアイデアを、代表者が発表していきました。
グループ①
「浦安にはコットンを育てられる土地はいくらでもあります。例えば団地の駐車場や、廃校になった小学校、さらに護岸を撤去した跡地など。問題は継続的に育てる『人』です。浦安の空いた土地で植物を育てる活動をしているボランティアの人がいますが、それにプラスしてコットンを育てると継続的な文化づくりができるんじゃないかと思います。そのときに重要なのは多世代の交流です。農業体験と同じように、子どもから大人まで同じような体験や感動を持てるような仕組みを作ることが大切だという結論になりました」

グループ②
「地域の交流活性化のために小学校や公民館などの地域をまたぐ場所で、プランターでコットンを手軽に育てることを提案します。元町には単身世帯が多いですし、浦安と新浦安では街の雰囲気も違うため、あまり地域間の交流がありません。なので綿花栽培を通じて情報交換や自分の得意の交換、または物々交換を行い、人と人の繋がりを育てるといいかもしれません。地域の交流を育てるとともに、収穫した綿花をキーホルダーにして新たな浦安の特産物として売り出して、浦安全体の活性化にも繋げることができるのではないでしょうか」
グループ③
「新浦安の遊歩道に花を植えている場所があるのですが、市の緑地で綿花栽培ができると、通行人も気にかけてくれるし、気づいた人が水やりなどの世話ができるかもしれません。遊歩道の緑地は涼しいビル風が通るので、熱中症対策にも適しています。地球温暖化が進んでいるので、日当たりの良いところよりも、むしろ都市のビルの影で栽培した方がいいというアイディアがでました。
あとは個人がプランター栽培をして、グループLINEで栽培管理などを報告しあうのはいかがでしょうか。小さなスペースでも少しずつ栽培実績が上がると思います。今後は高齢者の独り身も増えると思いますが、綿花栽培を通してコミュニケーションをとることで、セーフティーネットの役割も果たします」
グループ④
「実は綿花を浦安で育てたことがあるんですが、近年の夏の暑さでは水やりをちゃんとしないとせっかく育てたコットンが全滅する可能性もあります。栽培には水の確保が重要だと考えると、小学校の跡地や公民館は適しているのではないかという話になりました。
また、元町は新浦安地域に比べると公園や緑地は少ない一方で、市に提供された空き家の土地があるので、例えばそういう土地を畑にして市民のみなさんに参加していただくのもひとつの方法かもしれません。せっかくコットンを育てるのであれば、小学生から年配の人たちまでいろんな世代が関われて、収穫したあとは生地にして、実際に使えるものにした方がいいのではないかと思います」
グループ⑤
「コットンを育てるためには光と水が大事です。第二東京湾岸道路の候補予定地だった場所の一部を、有志の人たちが植物を植えて憩いの場所にしていますが、水がありません。小学校の跡地であれば、水道も通っているからふさわしいし、実際に近所の人が古代米を育てているところもあります。廃校になっていなくても、小学校で綿花栽培をすれば、教育にも繋げられるかもしれません。」

各グループからいろんなアイデアが出てきました。小学校の跡地など、浦安にある使われていない土地を活用すること。綿花栽培を通して独り身の方のコミュニケーションを図ったり、教育に繋げていくなどなど。北原さんと河野さんの感想からフィードバックをいただきました。
河野「皆さんのいろいろな意見をお聞きして、やっぱりコットンを育てるための光と水を確保できる場所が大前提だと思いました。廃校になった小学校であれば、プランターでなくても栽培できると思いますし、空き教室でコットンを使ったワークショップを開催すると、みんなが参加するきかっけにもなると思います」
北原「皆さんありがとうございました。西脇での綿花栽培のやり方をそのままやるのではなく、浦安でやるならどういう方法が良いかを一緒に模索して提案していきたいので、多角的な意見が出たのがすごく嬉しいです。
例えば新浦安と浦安の交流に綿花栽培を役立てるのも、浦安でやるからこそのメリットだと思いました。また、コットンがセーフティネットの代わりになるなんてアイディアも、僕からは絶対出てきませんでした。廃校になった小学校も有効活用できたらいいと思ったので、来年度に向けて浦安市とも相談しながら、何かできたらいいなと思います」


ふたつの都市の協働で広がる可能性
最後に、北原さんから浦安で綿花栽培をするうえでの構想が語られました。
北原さん「やっぱりコットンを収穫したのであれば、生地を作るところまでできると、収穫する時の面白さやコットンへの愛着も増していくと思います。なのでぜひ生地にすることを目標にしたいです」

生地を作るためには、大量の綿花栽培が必要になります。それを叶えるためのプランが提案されました。
プラン①西脇と浦安の協働
西脇市での綿花栽培と協力して生地を作り、コットンの収穫量に応じて生地を浦安に戻します。例えば西脇市で収穫したコットン90kgと、浦安で収穫したコットン10kgを合わせた100kgのコットンを糸にして100mの生地ができたとすると、10mの生地を浦安に還元するという構想です。
生地のデザインはある程度、西脇市に委ねる形になりますが、コットンを育てている場所が協働することで、1〜2年の短いスパンでも生地を生産できることがメリットです。
プラン② 100%浦安産のコットン
本気を出すのであれば100%浦安産のコットンを目指します。とはいえ、コットンから糸にするには、種を取ったコットンの状態だけで50kgを必要とするのでハードルが高いです。この量を収穫するのに、西脇市の綿花栽培でも3年はかかってしまいます。
ふたつのプランのうち「プラン①」が現実的だと提案する北原さん。西脇市と浦安市で交流しながらコットンを育てることで、都市同士の学び合いへも繋がっていきます。

来年度の綿花栽培に向けて
最後にそれぞれの感想を伝えて、イベントは締められました。
林「やはりファッションの根本は人間の営みであるからこそ、いろんな人と一緒にできるのだと思いました。北原さんから、ふたつの都市で綿花栽培を協力して生地にする提案がありましたが、やはり対話がすごく大事な気がしています。人と話をすると自分の中にあるものに気がつくことがあるので、浦安と西脇市が対話することで、お互いの都市でまた気づきが生まれていく学び合いになると思います。すごく楽しみです」
西尾「『拡張するファッション演習』では対話も大事にしています。浦安と西脇市を繋げるのは、アートプロジェクトのひとつの可能性だと思っていて、浦安だけで浦安のことを考えるのではなく、まちの外の人と対話しながら自分たちの暮らしやこれからのことを考えると、何かに繋がっていく気がしています。
ファッションの世界では、グローバル企業が途上国に過酷な労働を強いて搾取する構造がありますが、そういう関係性とは全く違う対話としてのファッションを、浦安と西脇市が協働することで示せるかもしれません。綿花栽培については来年も続けるつもりでいます。その時には、ぜひ北原さんと河野さん、今日参加してくださったみなさんにも関わってもらいたいと考えています」

河野 「皆さんといろいろな意見を交わせて、とても楽しいひとときでした。私は綿花栽培を通して、人間だけじゃなくて土や他の生き物も一緒に生きていることをすごく実感しています。ファッションを拡張するというテーマとして、いま私たちが生きている地球に向けて、どんなふうにファッションを楽しんで提案していけるかも、一緒に考えていけると嬉しいです。浦安は埋立地で、新しいことを開拓してきた土地でもありますし、もっとここから拡張できることを、みなさんと対話をして考えて深めていけたらいいなと感じています」
北原「今日はありがとうございました。みなさんといろいろとお話ができて、本当に一緒に綿花を育てられたら面白そうだなと素直に感じられました。それはみなさんが積極的に参加してくれたおかげだと思います。引き続き機会があればよろしくお願いします」
来年度の浦安での綿花栽培に向けて、小さな種まきになった時間となりました。共通点も多い西脇市と浦安で、綿花栽培を通してどんな対話が生まれるのか、どんな循環にたどり着くことができるのか、期待が高まります。
text: Lee Senmi